ありすのお部屋
□Honey Honeymoon?
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先ほどまであんなにも青かった空が、黄昏色に染まってゆくと、あちらこちらに赤々とした炎が燃え上がっていく。
海岸線に沿い赤く燃えるそれは、さながら炎の首飾りというところか。
黄昏と同時に店内の照明も落とされ、各テーブルには海岸線に燃える炎と同じ色のキャンドルが灯されてゆく。
バックに流れるミュージックも、先ほどまでかかっていた軽快な音楽ではなく、何時の間にか静かでムーディなものへと変わっていた。
僕は手にしていたグラスに残っている液体を、ゆっくりと飲み干す。
「……お飲み物はいかがですか?」
あくまでも控えめな態度で、ウェイターが近づいてくる。
さすが一流ホテルのバーラウンジだけあり、客へ声をかけてくるタイミングも態度も的確で丁寧だ。
「マティーニを」
「かしこまりました」
今飲んでいたものと同じものを頼むと、ウェイターは静かに頷き、音も立てずに戻ってゆく。
空はいつの間にか黄昏のオレンジ色から、深い藍色へと変わっていた。
窓から視線を戻すと、先ほどから不機嫌そうな顔でジンライムを飲んでいた虎徹さんが、それをすっかり飲み干してしまい、今度は居心地の悪そうな顔で僕の様子をうかがっている。
虎徹さんの瞳が無言で訴えている願いを無視するように、僕は片手を軽く上げると、先ほどのウェイターが静かに近づいてきた。
「彼にも、同じものを」
「……かしこまりました」
ウェイターは言葉少なにうなずき、少し間を置いてから、ドライマティーニを二つ持ち、それをテーブルの上へと置いた。
僕はまたそれを手にし、そして口に近づけて。
虎徹さんを見つめ、殊更ゆっくりと笑ってあげた。
「どうしました?……何がそんなに気に入らないんですか?」
まるで虎徹さんの様子を、今気づいたように言うと、彼はますます不機嫌そうに眉を寄せた。
「……なぁにが、気に入らない、だって?」
静かな店内は、僅かな声でも響く。
虎徹さんはそれを意識してか、声を落としながら僕の耳へと口唇を近づけた。
「いっちゃわりぃが、全部、気に入らないぞっ!バニー……何もかも、ぜーんぶだっ、ぜんぶっ!」
そう早口に言うと、虎徹さんはドライマティーニをいっきに飲み干す。
僕はグラスを持ち上げて、それを少し口に含んでから、虎徹さんへと静かに囁き返す。
「一流のホテル、一流のバー、一流の酒……これの一体どこが、そんなに気に入らないんですか?」
僕の台詞に、からかいのニュアンスを汲みとったのか、虎徹さんはますます嫌そうに眉をひそめた。
「それが気に入らないんだって……」
大分周囲を気にしてか、虎徹さんは声を潜める為に、僕の耳元へと口唇を近づける。
だがそうした虎徹さんの仕草は、周囲から見ると、まるで。
まるで恋人同士が、ムーディにその雰囲気に酔いしれ、戯れあっているように見えるだろう。
またそうして見えてしまうことを本人も意識しているのか、虎徹さんは近づけてきた顔を素早く離そうとする。
だが。
「……っ……バニー……やめ……」
虎徹さんが、恨めし気な声を細く上げた。
僕が虎徹さんの腕を引き、そして彼の腰に腕を回して、強く引き寄せたからだ。
完全に密着した互いの体から、熱が伝わり合う。
もう、何度も確かめ合った熱だ。
僕はこの熱がどんな風に更に熱くなっていくのかを知っているし、どういう風にすれば熱くなるかも知っている。
滑らかな肌の下の、ひきしまった筋肉の綺麗なラインはひどく感じやすく、指先でなぞり上げただけで繊細に震えて。
「もう、いい加減にしろ……馬鹿バニーっ!」
くぐもった抗議の声に、苛立ち以外のものが含まれている。
もうそろそろ、限界だろうか。
だが僕はまだ虎徹さんを解放する気にはなれず、尚も彼の腰を強く引き寄せてから、腰のラインにそっと手を滑らせた。
「……ぁ!」
手の中で震えた感覚が、小気味よい。
「……バニー……本当にいい加減にしねぇと、俺もそろそろ本気で怒るぞ……」
我慢の限界を滲ませた虎徹さんの声にも、僕は薄く笑いを返し、言葉をさえぎる。
「ほら、見てください、虎徹さん。……この島で、神の黄昏と言われる光景ですよ」
足元までガラス張りになっている海側に面するラウンジの中は、水平線に沈んでいく黄昏の厳かな光に満たされていた。
確かにそれは、言葉に表現できない美しさだ。
このラウンジにいる客達もそれに魅入っているのか、流れる静かな音楽以外、客の声もほとんど聞こえない。
そんな中、虎徹さんの軽いため息が聞こえる。
「……わかったよ……わかりましたっ。クソ……もう、お前の好きにしろよ……」
そう早口に呟いて、虎徹さんはまるで甘えるように僕の胸に頭を預け、ゆっくりと力を抜いていった。
☆☆☆
神の御前で誓約した言葉というものは、どれだけその人間にとって効力を持つものだろうか。
僕と虎徹さんは二週間前、神の御前で結婚の証をたてた。
病める時も、健やかなる時も。
幸いなる時も、災いなる時も。
神聖なる神の御前でたてられた、神聖なる誓約。
指輪の代わりに互いのピンズを交換し、純潔のヴァージンロードを、虎徹さんを抱き上げて、教会で式を挙げ。
アポロンメディアに所属してから溜まり続けていた休暇を、ロイズさんに願いでて無理やり取得し、そうしてハネムーンのロケーションとして有名な、リゾートの島へと訪れた。
『もう、バニーちゃんの、好きなようにすればいいよ……任せる、全部、任せるって!』
詳細なスケジュールをたてることなど大嫌いな虎徹さんは、そうそうに諸手を上げてホールドアップし、全面的に僕へスケジュールを丸投げをしたのをいいことに、僕は徹底的にディープなハネムーンプランをたてた。
ハネムーナー用に特別に用意されたスペシャルルーム、ハネムーナーで賑わうリゾートの海岸、そしてハネムーナーに貸しきられた、ムーディなラウンジ。
今日の昼過ぎ頃から、軽い苛立ちを抱えている虎徹さんの隣で、僕は淡々とハネムーナー用に作られたメニューをこなしていく。
だから、あなたは甘いんですよ、虎徹さん。
昔も、今も。
後先を考えず行動し、そして本人が一番手痛い思いをする、そうした虎徹さんの変わらない甘さに小気味よさを感じながら、僕は隣にいる虎徹さんの体にそっと手の平を滑らせた。
「……っ……」
そっと体を震わせて、虎徹さんは不機嫌そうに僕を見上げる。
睨みつける琥珀色の綺麗な瞳を見つめ、僕は薄い笑顔で返す。
「部屋に戻りましょうか、虎徹さん」
☆☆☆
「俺が任せるっていったから、文句をいうのは、俺が悪い。それは認める。認めるけどよ、バニー……なんつーか、ものごとには限度ってもんがあんだろがっ!」
部屋のドアを前にして、虎徹さんは深いため息と共に腕を組んで僕を睨みつける。
「新婚旅行に行くって言い出した時は、まあ、俺もよく考えずに賛成しちまったけどよ。まさか、こんなこっぱずかしい、いかにも俺たち、新婚さんですよぉ、みたいなプランたてるなんて……」
カードキーを通し、軽い電子音が鳴るのを響いてから僕は部屋のドアを開く。
「入らないんですか?」
虎徹さんは僅かに躊躇ってから、挑むような視線で僕を睨みつける。
「……入るよっ、俺だって、結構疲れてるんだぞ?」
促すと虎徹さんは素直に部屋に入り、僕はその後に続いて入りドアを閉めた。
そうして僕は無防備に背中を向けている虎徹さんの腕を掴むと、それを引き寄せ、膝をすくい上げて虎徹さんを横抱きにする。
「……え?……おいっ、バニーっ!」
ジタバタと手足を動かす虎徹さんの体を抱きかかえたまま、僕は綺麗にベッドメイキングされたセミダブルサイズベッドへ虎徹さんを横たえて。
そのまま虎徹さんの薄いシャツを引き裂くようにして前をはだけさせ、筋肉のラインにそって手の平を滑らせた。
「あ……っ……何、急に……さかってんだよ……っ」
「ハネムーン初日の夜にすることなんて、決まっているでしょう?」
耳元に口唇を寄せて、それを軽く噛む。
「……んん……」
手の下の体が、小刻みに震える。
「だからって……そんなに……がっつかなくたって……ぁ……」
耳の裏から舌を這わせて、喉のラインをなぞると、虎徹さんは声を震わせて体をのけぞらせた。
昼間、熱帯の太陽の下にさらしていた肌は、熱を持っている。
そのせいだろうか。
虎徹さんの肌はいつもよりも敏感で、無意識に僕を誘いかける。
「エアポートへの移動時間、飛行機の搭乗時間、乗り継ぎのエアポートでの待ち時間、そして、また飛行機の搭乗時間、その他の拘束時間、移動時間を全て含めて約2日半くらい、あなたに触れていません……理由には十分な時間だと思いますが?」
「……ん……ぁ」
わざと吐息を吹きかけるように耳元で囁くと、虎徹さんの体が切なげに震える。
戸惑う虎徹さんの動きを封じるように、僕は柔らかな耳たぶに歯をたてて、腰のラインから手を滑り落とした。
「ん……や……っ」
濡れた、甘い声が虎徹さんから漏れる。
今更ですよ、虎徹さん。
琥珀の濡れた瞳の中に、無意識の誘いの色を潜ませて。
あなたは僕を、無意識に、そうやって誘いこむ。
昔から、今も変わらずに。
そうして次の瞬間には、まるで何も知らない処女のような顔をして見せる。
淫乱な心に、処女のような体をして、僕を誘う魔性の人。
だから、とても、愛おしい。
「……虎徹さん……」
「……ぁ……ん……」
鎖骨から胸のラインにかけて丁寧に舌をはわせると、虎徹さんはゆっくりと首を振り、手の中にシーツを握りこむ。
僕は虎徹さんの手に自分の手を重ね、強く握りしめた。
誰にでも優しくて、お人よしで、そして誰よりも心の広いあなたを、神だけの誓約だけで縛りつけられるなんて、信じない。
こうして何度も体を繋げることが、虎徹さんを縛りつけられることだなんて、信じない。
でも。
「……虎徹さん……」
吐息を絡め、口唇を重ねる。
指先を繋ぎ、肌を合わせる。
それは頭の芯が痺れるくらい、優しい錯覚だ。
神への誓約で縛り、肉体で縛り。
乾いた飢えを満たすように、虎徹さんの中を抉ってゆく。
そうして一つに混じり、溶け合える。
そんな淫らで、純粋な錯覚。
「……ぁ……ん……バニ……っ……」
少し乱暴な僕の動きが辛いのか、虎徹さんは眉を寄せ苦しげに何度か喘ぐ。
「バニー……っ……」
その瞳が僕をまっすぐに見つめ、口唇がゆっくりと開かれた。
「俺は……お前と、ゆっくり、二人で過ごしたかっただけなのに……」
かすれた声でそう呟き、虎徹さんは辛そうな体勢のまま僕の口唇に自分のそれを重ねてくる。
「ほんと、肝心なとこ、わかって……ねぇな……おまえ……」
軽く触れ合わせたまま虎徹さんは笑い、柔らかく舌で僕の口唇をなぞる。
「ハネムーン……なんだろ?もう少し優しくしろよ、バニー……」
甘い囁きが、僕の耳もとをくすぐる。
首に腕を回し、虎徹さんが素肌をぴったりと寄せてきた。
「……火ぃつけたの、お前だからな……責任、きっちりとれよ……」
「虎徹さん……」
虎徹さんの口唇に軽く触れてから、僕は虎徹さんの腰を掴み、激しくそれを揺さぶり上げた。
「……ん……ぁ……」
「いい……ですよ、すごく……虎徹さん……」
熱い熱い、虎徹さんの中をもっと抉るように。
僕は虎徹さんを揺さぶりつづけ、そして中に熱い欲望を吐き出す。
僕を甘やかす、あなたが悪いんですよ、虎徹さん。
一生、あなたを、離しません。
-END-