ありすのお部屋

□Can you celebrate?
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健やかなる時も、病める時も。

幸いなる時も、災いなる時も。



「……あれ。これ、どういう風になってんだよ?」

フワリ、と。
真っ白いヴェールを前に、俺は四苦八苦をしている。
フワフワと軽い素材でできたヴェールとやらは、一体どういう構造になってるのか、さっぱりわからない。
が、多分、きっとこんな感じでいいはずだ。
うん、多分。
俺はしばらく考えて、真っ白でふわふわとするそれをなんとか頭につけて、形を整えた。
こんなのつけるくらいなら、まだ斎藤さんのスーツを自分で身に着けるほうが楽ってもんだぜ。

「えーっと、あとどれをつけりゃあいいんだっけ?」

俺はその辺りに散らばっている、長い真珠のネックレスや、レースの手袋を手にとった。
ついでに白い薔薇を中心に、アレンジメントしているブーケも手にとる。

「……あーっと、これは後でいいよな」

ついついブーケを放り出しそうになって、俺はあわてて手を止めた。
ブーケをそっと、そばにおいてある椅子の上に丁寧に置きなおす。
折角、楓が一生懸命作ってくれたものなんだから、粗末にする訳にはいかない。
父親に、喜んでブーケを作ってくれる、物分りのいい娘をもって、俺は幸せなのか、果たして……。
複雑な心境だ。

「んだよ……まだつけるものが、あるってぇのかよ?」

ブツブツと文句を言っても今更仕方がないけどよ、なんだってこんなにたくさん身につけるものがあるんだ。
女の格好って、信じられねぇ。

「こ、これは……。ちょっと……おじさん、勘弁してほしいな……ははは……」

俺は天を仰ぎながら、薄いレースの模様が見えるストッキングを放り投げた。
いくらなんでもこんなのをつけた日には、恥ずかしくて、二度と友恵の墓参りに行くことができねぇぞ。
俺はストッキングを投げ出したので、仕方なくつま先にキラキラ光るパールがついているヒールに、素足を通した。

「うえええぇ……」

あんまり気持ちのいい感触ではないけど、ストッキングを履くよりは、幾分マシってもんだぜ。
つま先がきつい感じはするけど、ファイヤーエンブレム用に特注して作らせたってヒールは、少々大きいくらいで、俺の足にジャストフィットした。
借り物だけど、なんだってあいつ、こんなの特注して準備してたんだ?
いつか嫁にいくつもりだったり……か、考えたくない……。

「ははは……かかと、たっけぇな……」

今更、何してんだ、俺……って思い始めると、気持ちがどんどん落ち込んでくるので、俺は気を取りなおして、トントンとつま先で床をけってヒールを履いた。
そして、ヴェールを直し、くるりと後ろを振り返る。
俺の背後には、俺の頭からつま先まで映る大きな大きな鏡が立てかけられていた。

「……あ、はは……。あーあ……悪い冗談にしても笑えねぇな……」

改めて自分の姿を見つめなおし、俺は冷たい鏡に指先をついて、深く深くため息を漏らしちまう。
鏡に映っているのは、真っ白なヴェールを頭から被り、真っ白なウェディングドレスを身に着けている、ちょっと中年のおっさんだ。
いつもの自慢の髭を剃ったせいか、ちょっとだけ若くみえなくもないけど。
鏡の中の真っ白なウェディング姿のそいつが、琥珀色の瞳で俺のことをじっと見つめる。
俺もそいつの瞳を、静かに見つめ返す。
白い無垢なドレスに身を包む、おっさんの姿を。

肩と首筋を強調するような大きく開いたレースのドレスの袖は、ふわりと膨らんで可愛い形のリボンがついている。
きゅっとしぼられた腰にも、大きな白いレースのリボン。
大きく膨らんだスカートは、何重にも透けるレースと、キラキラ光るパール。 
バニーがわざわざ俺のサイズに合わせて発注したドレスは、オートクチュールとかいうすごいものらしく、その価格を想像するだけで、俺はぞっとして想像をやめた。
育ちのいいお坊ちゃんは、金銭感覚が人並みじゃないんだ。
でも、今後はビシバシ教育していかねぇと、あっという間に、家計は火の車だぞ、おい。
ふっと、そんな現実的なことを考え始めて、俺は頭をゆるゆると振った。

俺は鏡に映る、俺の姿へと、にぃと笑ってみせる。
鏡の下に置いてある籠から、リップスティックを取り出して。
綺麗な模様が刻まれた金色のリップを、口唇の形に沿って、丁寧に塗り込めた。
淡いパールピンクの色が、俺の口唇の上に塗られて。
艶かしい色になった俺の口唇を突き出して、俺は再び鏡に向かって笑顔を作る。
こうして、ちょっと化粧して、ウェディングドレスに身をつつむと、ただのおっさんだけじゃなくて、案外、可愛く見えてしまうから不思議だよな。
やべぇ、いけるか、これ。
いけるんじゃねぇ?
真っ白で、無垢な花嫁。
自分でも驚くほど、滑稽で笑ってしまうものじゃなくて、普通に似合っているところが、情けないやら、複雑な心境だ。

「……くそぉ。なーんちゃって、って冗談に見えねぇぞ……」

シャレになってない。
これじゃ、本当に本物の、花嫁じゃねぇか。

「あーあ……」

カランと、リップスティックを放り投げて、俺は椅子へとどっかりと腰をかけた。
チュールとやらで膨らましたドレスは、邪魔で仕方ないけど、この際文句も言ってられない。

「逃げたら……バニー……怒る……よなぁ」

物騒な考えがチラリと頭をよぎってから、怒ったら、とんでもなく恐ろしいエメラルドの瞳を思いだし、俺はゆっくりと頭を振った。
そんなことをした日には、どんなことをされるやら。
バニーの執念深さは、十分に知ってる。
少なくとも10年、いや、一生死ぬまで、ネチネチと責められ続けるに違いない。

ぶるるるるっ!
考えただけであまりにも恐ろしくて、俺は身震いしてしまった。

おいおいおい、冗談じゃねぇぞ。

椅子の上にある、真っ白なブーケをチラリと見つめ、俺はまた、ため息をつく。
白い、白い、花嫁のブーケ。
無垢で、清純で、清らかな白。

もう、12年くらい前になるだろうか。
何にも染まっていない、純粋な白を身につけて、愛を誓った女が、こんな姿で隣に立っていた。
白いブーケ、白いヴェール、そして白いドレス。
白い手袋に、白いヒール。
そして、眩い笑顔を俺にむけていた、俺が愛した女。

友恵。

俺は左手の薬指にはめている、プラチナのマリッジリングにそっと口唇をよせた。

友恵、俺、結婚するぞ?
笑っちまうか?
何の冗談なの?って、笑っているか?
でもな、本当なんだぜ。
ほんの冗談のつもりだったのに、あいつは、本気だった。

いつだって、本気なんだよ、俺の大切な相棒は。

気取り屋で、自信家で、嫌味なことをよく言うやつだけど、寂しがりやで、甘えん坊で。

『僕と結婚しませんか?虎徹さん……』

乱れたシーツの中で囁かれた、そんなあいつの言葉。
汗にまみれて、泥のように疲れている俺の頭の中に、突然囁かれたそんなバニーの言葉に、俺は適当に相槌を打った。

『……んー、この結婚指輪外さなくていいなら、別に俺はかまわねぇけど?』

もちろん、ちょっとした、冗談の気持ちもあった。
そんな言葉に、バニーは静かに笑って、そっと俺の頬を両手で挟み、額を合わせてキスをしてきた。

『僕は、友恵さんを愛しているあなたを、愛しているんです。だから、新しい結婚指輪は、いりませんよ』

それが、あなたと僕の結婚指輪です。
友恵さんも、楓ちゃんも、あなたの家族も。
全部、あなたごと、欲しいんです。

そんな顔が赤くなるような台詞を真剣な顔で吐かれたら、誰だって、あれは冗談なんですよ、なんて、言えねぇだろ?

そうして、気づいたら、全てをお膳立てされていた。
バニーのそうした行動力を、まったく予測してなかった俺は、本当に甘いよなぁ。

厳かなチャペルの祭壇で、厳かな二人だけの結婚式。
純白のドレスと、タキシード。
右手にはブーケ、そして、指輪の代わりに、あの時のクリスマスに一緒に買った、ピンズの交換を。

そんなことを準備されると、俺だってついついのせられてしまっても、仕方ねぇだろ?

仕方ない、はずだけど。
いざ、こうやって、ウェディングドレスを着ちまうと、ちょっと逃げ出したくなっちまうのだって、仕方ねぇだろ?

とはいえ。
ええい、そろそろ、観念しろっ、ワイルドタイガー。
こうなりゃ、いっちょ、いつもの決め台詞だぜ。
俺は両頬を思い切り、パンっと叩いた。

「今更、ここにきて、くじけてどぉすんだ、鏑木・T・虎徹っ!一度決めたら、やり通すっ。それが男ってもんだろ? 」

なあ、バニー。

本当に、短い間だけど、色々あったよな、俺たち。
能力減退したり、ヒーロー辞めたり、でもまたヒーロー復活したり。
お前もヒーロー辞めて、またヒーロー始めたり。
俺たち、これからも、色々あるんだろうな。

なあ、バニー。

俺、やっぱり、一回、自分が死んだ気がするんだ。
あの時。
痛みに気を失った時、多分俺は、一回死んだんだと思う。
でも、きっと。
友恵に、追い返されちまったんだよ。
まだ、ヒーローとして、やることがあるでしょって。

だから俺たち、ヒーローを続けようぜ。
俺たち、バディヒーローとして、ずっとずっとヒーローやろうぜ。

「さて、と」

右手に白いブーケをもち、左手にピンズを握り締める。

「ワイルドに、吠えるかっ!」

俺は、チャペルへと続く渡り廊下を走りだす。
ヴェールが揺れて、ドレスの裾がひらひらと揺れる。
素足に履いたヒールはまだ履きなれないせいか、かかとの部分が擦れてきた。
このままじゃ、靴擦れになっちまうかも。
それも、いい。
擦れた足から血が流れていって、真っ白なヴァージンロードを染めてゆく。
いいだろ、こんなワイルドな結婚式ってのも。



ハレルヤ、ハレルヤ。
主の祝福を。



ハレルヤ、ハレルヤ。
ハレルヤ、ハレルヤ。
主よ、我を祝福せり。
我に祝福を、恵みを。



厳かな鐘が響く中、純白に包まれて、俺は、俺の新しい道を歩いていく。

バタンッ、と俺は勢いよくチャペルの扉を押し開いた。
祭壇の前には、真っ白なタキシードと、俺の持つブーケと同じ花でアレンジされたコサージュをつけたバニーが、すっきりとした姿で立っている。
くそ、似合ってんじゃねぇかよ。
ちょっと……かっこいいぞ、くそっ。

俺の姿を見つめて、バニーがほんの僅かに瞳を揺らす。
何か言いたげに、口唇が動くのを、俺は手を上げて制した。

「あーっと、頼むから、この姿のコメントは一切いうなよ?言ったらぶっとばすぞ、……バニー」

俺はニヤリと笑い、祭壇へと続く赤い絨毯のひかれる路を歩く。
祭壇の前に立ち、俺はバニーを見つめた。
バニーはゆっくりと俺のヴェールを上げて、俺の頬を静かに包み込んだ。

「……虎徹さん」

どこか夢みるような気持ちで、俺は瞬きもせずに、近づいてくるバニーの綺麗なエメラルドの瞳を見つめた。
いつもはうっとおしい前髪を少しディップで固めて、形のよい綺麗なバニーの額が見える。
ほんの少しだけ鼻先を合わせて、バニーが俺の髪を撫でる。
少し瞳を細めて、バニーは軽く口唇を合わせてきた。

神への誓いの、バードキス。
互いの口唇の感覚だけを伝え合う、柔らかなキス。



ハレルヤ、ハレルヤ。
主の恵みを、祝福を。



白いヴェールと白いブーケと、白いドレスに身をつつみ、俺は神の前でバニーとキスをする。
柔らかく口唇を重ね合わせて、やがて離れて。
バニーは、俺の手の甲にキスをする。
そして、指先に。
神の前で、俺の全てに神聖な誓いを立てるように、綺麗な口唇が俺の指先に触れていく。

神聖なものを扱うような、うやうやしいその仕草に、俺はだんだん恥ずかしくなってきた。

「バニー、もう、わかったから……」

もう、こんなもんで、いいだろ?

ギブアップには、早すぎるかもしれないが、これ以上はいたたまれなくなって、俺はバニーから体を離そうとする。

「……まったく、仕方のない人ですね、あなたは」

ふ、っとバニーが溜息をついて。
バニーが強く俺をぎゅっと抱きしめて、そして、俺の体をふわりと抱き上げる。

「な……?おい、バニーっ!」

突然抱き上げられて、バニーの腕の中で驚く俺へ、バニーは涼しげな顔をして俺を見下ろす。

「四回目、ですね。お姫様だっこ……ちょっとまた太りましたか?」

平然とした顔で、バニーは俺を抱き上げながら、ヴァージンロードを歩き始めた。

「……ふ、太ったって、お前が、チャーハンばっかりくわせるからだろ?」
「それは、僕だって同じですよ」

俺を見下ろすバニーの綺麗な顔が、意地の悪い笑みを浮かべる。

「僕は、あなたの上で、結構動いて体力使いますからね……虎徹さんにも、今後は、もっと色々と動いてもらわないと……」
「ばっ……おま……そんなこと、ここで言うかっ?しんじらんね……っ!」

それでも大人しくバニーに抱かれている俺に、バニーが軽く笑った気がした。
ふと、顔が近づいて。
また甘く、キスされる。

あーあ。
そうだよ。
認めるよ。
認めます!

バニーが俺を、愛してくれてるっていうなら。
俺だって、バニーを愛してるんだ。
愛しくて、仕方ないんだよ、こいつのことが。

だから俺は、バニーの首に腕を回し、もっと深くキスをねだった。
ヴァージンロードで交わされる、甘い、甘い、キス。



なあ、バニー。
俺だって、意外と、嫉妬深いんだぜ。



一生、離して、やらないからな。


-END-

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