ありすのお部屋

□もしもバニーが、壁サークル作家だったら
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ハァイ、僕は、男性向け超大手サークル『power of justice』のバーナビー・ブルックス・Jr。
ファンの間では、PJの略称サークル名で親しまれている。
漫画描きで、愛用のツールはフォトショップ。
もちろん、愛機はマックだ。
ウィンドウズ?
そんな美的感覚のないパソコンは、僕の辞書にはない。
今回のコ●ケットの参加ジャンルは、魔法少女まどか☆マギカ。
もちろん、僕の嫁はその時々で変わるので、毎回参加するジャンルは変わる。

「バーナビーさん、設営準備、全部終了しました」
「そうですか、ありがとうございます」

歯切れのよい口調で、僕のサークル運営を全般的に執り行ってくれているチーフスタッフの子が設営完了の報告にきた。

「見本誌も先ほど、コミ●ットスタッフへ提出済みです」
「印刷所の、追加搬入時間は?」
「予定通り、11時に追加300箱予定です」
「他に何か、問題は?」
「……ああ、ちょっと先ほど、コミケ●トから、販売計画書と、実働人数が合ってないとチェックはいったんですが、ねじこんでおきました。あと足りなかった販売担当は、補充できています。混雑整理も、今回は二名補充しています」
「いつもすいません、有能なスタッフが多くて、本当に助かっていますよ」

とっておきの営業スマイルで微笑むと、チーフスタッフの女性はわずかに頬を染めた。
何しろ僕は、黄金に輝く太陽神アポロンさながらの美貌を持っているのだ。
巷では、イケメン男性向け同人作家ということで、最近ではよくTVの取材を受けていたりする。
そうしたら、作品ファンだけではなく、僕自身のファンが増えてしまい、先日は締め切りの最中『徹子の部屋』という番組に呼ばれ、TVプロデューサーの土下座してまでの願いに、渋々と出演してしまった。
しかし、あの黒柳徹子とかいうおばあちゃんは、人の話をまったく聞かないから、困ったものだった。
僕のさりげなく機転の聞いた会話でなんとかつないだものの、あんな番組には二度と出演したくはない。
その他、人気バラエティや、ドラマの出演なんていう話もあるが、あくまでも僕の本業は同人漫画描きなので、そろそろTV出演は絞っていかなければいけないと思っている。
コミケが終わった後は、10月にサンシャインクリエイションが控えているのだ。
今回はTV出演が重なって、新刊4冊という僕的には残念な冊数だったので、サンシャインクリエイションには、6冊セット販売を考えている。
正直、明日からまた原稿に戻らないと締め切りが少しきつい。
だから、できるだけ早く、いつもコミケの時は常宿となっているグランパシフィックホテルへ戻り、一休みしてから明日に備えたい。

「やあ、バーナビー君、おはよう、そして、おはよう」
「ああ、スカイハイさん、おはようございます」
「今年の夏も、暑いね。いや、本当に毎年暑いけど、今年は最高に暑いねっ」

この、一見爽やかな好青年は、サークル名『ジョンと僕』のスカイハイさん。
もちろん、ペンネームだが、本名は知らない。
この世界ではよくあることなので、本名を知ろうとも思わない。
スカイハイさんとの付き合いはかれこれ四年くらいであるが、時折ゲストしたり、合同誌を出したりしているので、サークルとしての付き合いは一番深いかもしれない。
今回はまったくジャンルが違ったので、特に企画本は設けてなかったが、サンクリでは合同誌も考えている。
僕の嫁は、大体、つるぺた体型でドジっ子でさらにねこ耳がついているメイド萌えなのだが、そのあたりの趣味が、スカイハイさんと一致する。
彼はなかなか、良い趣味の持ち主だ。

「じゃあ、今日も一日がんばろう、そして、がんばろうっ!スカイハーイっ」
「そうですね、がんばりましょう」

ははははと笑い、キラっと白い歯を輝かせ、快活に笑いながら、スカイハイさんが去っていった。

「えーっと、バーナビーさん、おはようございます」
「おはよう……ございます」

声をかけられて振り向くと、女性が二人で立っていた。
二人とも、コスプレイヤーよりも派手な衣装だ。
一見、レイヤーの僕のファンかと疑ったが、よくみたら違った。
彼女たちは、ブルーローズと、ドラゴンキッドだ。

「ああ、ブルーローズさん、ドラゴンキッドさん、おはようございます」

胸元を強調した、青い薔薇のイメージのコスプレイヤーは、『GO NEXT!』のブルーローズ。
ドラゴンをイメージした、グリーンとイエローの衣装のほうは、『小白竜(シャオパイロン)』の、ドラゴンキッド。
二人とも、オリジナルのボーイズラブを描いている大手作家だ。
なぜかこういった大きなイベントには、近くにスペース配置されるので、横通しも大切なこの世界、なんとなく挨拶を交わして、すでに三年くらいだろうか。
ブルーローズも、ドラゴンキッドも、もちろんペンネームだろうが、本名を覚えようとは……以下略にさせてもらおう。
ブルーローズは、コスチューム衣装で強調された胸をさらに強調するように腕を組みながら、挑発的に僕へ微笑んだ。
ドラゴンキッドは、少々人見知りなのか、ブルーローズの影に隠れてもじもじしている。
彼女はギリギリ、僕の好みの体型なのだが、残念なことに僕は三次元の女性にまったく興味がない。
僕の嫁は、二次元だけなのだ。
ネコ耳だけが、メイドだけが、僕を恍惚の世界へと誘う。
そしてツルペタであればいい。
ツルペタは正義だ。

「そういえば、ブルーローズさん、スパコミで出したあなたの新刊、とても評判いいみたいですね」
「えっ、そうですか?……嬉しい……」

ブルーローズは、まるでツンデレを強調するように、いきなり両頬を染めてみせた。
ツンデレは、決して悪いことではない。
むしろ正義かもしれないが、しかし、残念ながら僕は三次元にまったく興味が……以下略させてもらおう。

「まさか、バーナビーさんが、私の本、買ってくれるなんて思いませんでした……」
「いや?なぜ僕が?」
「え、でも、評判いいって……」
「きっと評判よかったんだろうなって、思っただけです。
大体僕は、腐女子ジャンルは読まないんです。理解もできないし」
「……あーそうですかっ、わかりました。お邪魔して、すいませんでしたっ!」
「あ、ちょっと、待ってよぉ」

ん、もうっ、なんなのっ!と怒りながら、ブルーローズが立ち去っていく後ろを、ドラゴンキッドがついていった。
まったく、いつも騒々しいのだ、あの二人は。

「バーナビーさん……おはようございます」
「ああ、オリガミ先輩、おはようございます」

彼は、大学の漫研時代の先輩であり、サークル名『忍者でござるよ』の、オリガミ・サイクロン。
大学の先輩なのだが……実は、本名を知らない。
漫研仲間も、オリガミ先輩としか呼ばないので、僕もそれに習っている。

「あの、これ、うちの新刊……バーナビーさんに見せるのは、恥ずかしいんだけど……」
「ありがとうございます、後でじっくり拝読させてもらいますよ、ああ、ちょっと待ってください」
僕は、近くにいたスタッフへ声をかけた。

「君、ちょっと、僕の新刊セット、一部もってきて」
「はい、わかりました」
「い、いや、いいでござるよっ!あとで、きちんと並んで買うので……」
「オリガミ先輩に並んでもらうなんて、とんでもない。気にせずに、受け取ってください」
「僕のところの本とじゃ、比べ物にならいのに……かたじけないでござる。ではまた、今日は頑張ってください」

オリガミ先輩は、僕の新刊セットを嬉しそうにかかえながら、ペコリとお辞儀をして去っていった。
僕はオリガミ先輩から頂いた本を、近くのスタッフに預けた。
はっきりいって、僕に本を差し出してくるサークルは星の数ほどあるので、それらの本に目を通している暇はない。
オリガミ先輩の本は、あとでスタッフの子に読んでもらって、感想を書いてもらえばいい。
オリガミ先輩のブログのコメントに、書き込んでもらうよう指示しておかねば。

「あら、ハンサム。おはよう、準備は終わった?」
「ファイヤーエンブレムさん、おはようございます。いつも、スペースの確保ありがとうございます」
「んふふっ、当たり前じゃない。東1ホールのシャッター前は、ハンサム専用よぉ」

彼……彼女というべきか。
コミケットの影の支配者、ファイヤーエンブレムだ。
多彩な才能の持ち主で、インターネットが普及するやいなや、早期に大型掲示板サイトを立ち上げたり、コミケッ●をここまで大きなイベントに発展させたのは、彼の手腕が大きい。

「あなたのここも、アタシ専用にさせてくれたらいいのに……ん、ふふふ」

そういいながら僕のお尻にタッチしようとするので、僕は嫌味のない程度に、華麗に避けた。
僕は三次元の女性にまったく興味がないが、それ以上に三次元の男性にもまったく興味がない。
僕の嫁は、大事なことなので、二回いっておくが、二次元のツルペタネコ耳メイドだけなのだ。

「んもう、ハンサムったら、相変わらずねぇ、つれないわ。それで、もう帰っちゃうつもり?」
「ファイヤーエンブレムさんもご存知でしょう?僕は、人ごみと熱気が大嫌いなんですよ」
「それが夏コミの醍醐味でしょ。アンタも、たまには、その熱気を肌で感じてみたら?そしたら少しは、つまらない人生が楽しくなるかも?んふふふ……」

ファイヤーエンブレムは、少し謎めいた言葉を残して、去っていった。

僕の人生が、つまらない?
こんなに充実した僕の人生の、どこが……。

僕は、アンティークのロレックスの腕時計を見た。
時間は、一般会場開始30分前だ。
ホテルに戻るにしても、東3ホール側までいかなければいけないし、どうせついでだ。
僕は、ホールをつっきって行くことにした。

まったく、相変わらずこの会場は、蒸し蒸ししていて暑くて、むさ苦しい男達でひしめいている。
こんな男どもに、僕の可愛い嫁達がオカズにされているかと思うと、腹立たしいものがあるが、これもすべてビジネスだ。
久しぶりに、島中を巡回しながらホールを突き進んでいくが、やはりとくに目新しいサークルも、興味がひかれる本もなかった。
漫研時代は、これでも好きなジャンルを絨毯爆撃で買い漁った時期もあったのだが。
いつのまにか、そういう感動が薄れていった気がする。

東3ホールの出入り口付近の島中で、ふと、地味な装丁のコピー本に目がとまった。
普通スペースでは、棚を飾ったり、ポスターを貼ったり、色々と趣向を凝らすものだが、そこのサークルは、むき出しのテーブルに、装丁らしき装丁もない、一色のB5版のコピー本が、20冊ほど並べられただけのシンプルさだ。
パイプ椅子に、すんなりと細身の中年男性が、頭の上で両腕を組んで、ゆったりと座っていた。
頭にかぶっているハンチング帽を目深にかぶっているので、起きているのか、寝ているのか、わからない。
顎には、特徴的な髭が生えていた。
僕は、その時、どうしてかわからないが、その、シンプルでまったく装丁のない、B5のコピー本が気になった。
他のサークルの本を、スペースで手にとるなんて、一体何年ぶりか。

「すいません、こちら、拝見していいですか?」
「あー?ああ、どうぞ、どうぞっ」

パイプ椅子に座っていた男は、僕の言葉に、帽子のつばをあげて、笑顔で答えた。
中年かと思ったのだが、意外と童顔だ。
琥珀色の瞳が、印象的な顔立ち。

……なぜだろう。

僕は、その男の笑顔に釘付けになった。
まぶしい、その笑顔に。

「あの、良かったら、手にとってみてください」

僕があまりにも顔を見つめるのが恥ずかしかったのか、ちょっとうつむきながら、男は僕に本を薦めてきた。

これは、一体何のパロディだろうか?
僕は過去10年くらいののアニメや、ライトノベル、ゲーム系はほとんどチェックしている。
しかし、このキャラクターは初めてみる。
B5にコピーされただけの、何の表紙もない、しかも中綴じではなく、袋綴じの雑に作られたコピー本のページをパラパラとめくる。
いまどき、ちょっとアナログな描き方をした、漫画だった。
エロも、そんなに激しいわけじゃない。
ストーリーがそんなに深いわけじゃない。
しかし、どうしてか、惹かれるものがあった。

「お客さん、若いのに、クリィミーマミ、好きなの?」
「クリィミーマミ?」

初めて聞いた、そんなキャラ。

「なんだ、クリィミーマミに興味があったわけじゃないのか」

男は、途端残念そうな顔になった。
僕は、その曇った表情を見て、どうしてこのキャラクターを知らなかったのか、心底後悔した。
パラパラとめくっていくと、奥付には、『鏑木酒店』とサークル名が記載されていた。

ペンネームは……ワイルドタイガー。
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