ありすのお部屋

□平熱35.7度〜タイガーの場合〜
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L字型に造られた一人暮らしのマンションにしては大きすぎるキッチンに、バーナビーは立っていた。
シャツとジーンズというカジュアルな姿ではあるが、まるで彫刻のような見事な体躯のためか、キッチンを背景にしていてもまるで一枚の絵画のように、妙に様になっている。
冷蔵庫を開けて、先ほど自ら作って冷やしておいたプリンを取りだし、皿へと盛りつけ、トレイに載せると、奥の寝室へと向かう。
扉を開くと、寝室に置かれたダブルベッドの上で、虎徹が眠っていた。

高熱が続いたその顔は、少しやつれて、髪が少しほつれて頬にかかっていた。

「……」

バーナビーはほんの少し切なそうに瞳を揺らし、静かにその側へと近づくと、サイドテーブルの上にトレイを置いて、ゆっくりと額に手をあてる。
手のひらに伝わる、子供のように高い虎徹の熱。
少し汗ばんだ額は、しかし昨日からよりは大分熱がひいたようだった。

安堵に瞳をそっと細めると、虎徹が小さく身じろぎをし、薄く目を開けた。

「……バニーちゃん……ごめん、俺、寝てたみたい……」
「大分、熱は下がってきたようですよ。もう少し、寝ててください……」

体を起こそうとする虎徹を、そっと止めようとするが、それでも虎徹は軽く笑い、ゆっくりとベッドから上半身を起こした。

「……っと。寝てばっかりいても、治んねぇよ。少しは体を動かさないと。昨日より、ずっと体は楽になったんだ。もうそろそろ、起きても大丈夫だと思う」

熱の潤みが残る瞳で、まだどこかぼんやりとした表情で虎徹が小さく笑うと、バーナビーがその両頬を軽く包みこみ、コツンと額をくっつける。

「……まだ、微熱が残っていますよ。油断は禁物です」

エメラルドグリーンの深い瞳に間近に覗きこまれ、虎徹は微かに顔を赤らめた。

「そんな恥ずかしいことすると、また熱でちゃうでしょ」
「虎徹さん……」

互いの鼻先が、なんとなく触れて。
どちらともなく、軽く口唇を合わせた。

「……ん……」

軽く、一度口唇をあわせ、少し離して、もう一度軽く重ねて。
今度はもう少し長く、合わせるだけの口づけをする。

「……バニーちゃん」

口唇から伝わってくるバーナビーの熱に、虎徹が微かに口唇を開く。
そこの間から、バーナビーはそろりと舌を差し込んだ。
その舌先を、虎徹は少しだけ噛んで。
するりと、また舌を絡める。

「……っ……」

角度を変えて、口づけは深くなってゆく。
バーナビーは虎徹の背中に手を回し、虎徹はすがるようにバーナビーの腕を掴む。

しかし。

「……ん……」

虎徹が甘い声をまた漏らすと、バーナビーはゆっくりと虎徹の口唇から自分のそれを離し、微かに鼻先へと口唇を押し当てて、そっと離れる。
そうしてゆっくりと、虎徹の背中に回した手を外した。

「……これ以上は、体に障ります」

指先で少し物足りなさそうな虎徹の頬を撫でて、バーナビーは微かに笑った。

「早く元気になって、復活してもらわないと、僕がポイントを稼げないですからね」

もう一度、優しく虎徹の頬を撫でる。

「ああ、……ほんと、体が資本のヒーロー稼業だってのに、だらしねぇよな、俺……」

虎徹はバーナビーに頬を撫でられながら、くすぐったそうにして目を閉じた。
バーナビーが、すごく優しい。
優しすぎて、困ってしまうくらい。

ここ1カ月ほど、世界的に蔓延したA型ウィルスの脅威は、ついにシュテルンビルトにまで手を伸ばしてきた。
早々に世界的流行となったウィルスの生贄となり、倒れてしまった虎徹を、バーナビーは自分のマンションへと移動させて、甲斐甲斐しく虎徹の看病をしながら、ヒーローとしての激務をこなしている。
それがどれだけ大変なことか、想像に難くないことだ。
だが、そんなことをまったく表情にも出さず、こうしてベッドの傍にいるときは、優しい瞳で虎徹を見つめてくれる。
そうしたバーナビーの優しさを、虎徹は気恥ずかしい思いをしながらも、嬉しく受け止めていた。

「優しいんだな、バニーちゃん……」

虎徹は、とても困ったように笑った。
すごく、バーナビーが優しいから。
そうした虎徹の瞼に、バーナビーは口唇を落とす。

「あなたにだけですよ、虎徹さん」

虎徹の髪を撫で、バーナビーはそうしてまた虎徹の頬を優しく撫でた。



A型ウィルスの感染症状は、特徴的だ。

感染後約1週間高熱が続くが、ある瞬間を境に熱が下がり、体力が回復する。
しかし空気感染のウィルスの為、いくら鍛えられた体を持つ虎徹とて、油断はできない。
虎徹がウィルスにより発病して、約1週間。
顔色も戻り、熱もほとんど下がってはいるようだ。
バーナビーは虎徹の頬を柔らかく撫で、優しく耳元へと囁いた。

「喉が乾きましたよね?冷たい、喉越しのいいものを少し食べるといいですよ」

そう言って、先ほどトレイに乗せて持ってきたプリンの皿を手に取る。

「うっひょお。プリン?もしかして、これ、バニーちゃんが作ってくれたのか?」

通常はあまり甘いものは食べない虎徹だが、食欲もない今は、冷たく冷えた甘いプリンがとても美味しそうにみえた。

「プリンだけは、サマンサおばさんと、よく一緒に作ったんですよ。簡単に作れますしね。もう、昔の、子供の頃の話ですけど」

少し懐かしそうにバーナビーが話すのを、虎徹は黙って聞いていた。
バーナビーの思い出が詰まったプリン。
それを自分のために作ってくれたことを、嬉しく思う。

今、自分はすごく、甘やかされている。

普段どちらかと言うと、甘やかすばかりの立場にいる自分が甘やかされるのは、本当にどれくらいぶりだろうか。
だから、虎徹は少しだけ思う。
もう少しだけ、甘やかしてもらいたい、と。

バーナビーが手に持った皿を、虎徹へと渡そうとすると、  
もぞもぞとベッドの中へと潜ってゆき、シーツを首までかけると、虎徹が甘えたような声で呟いた。

「俺さ……バニーちゃんに、食べさせてほしいな」

すっかり甘えた瞳でバーナビーを見ると、バーナビーは微かに瞳を細め、軽く頷いた。

「あなたがそんなこと言い出すなんて、めずらしいですね……いいですよ、たまには僕にも、お節介を焼かせてください」

ベッドの脇に座り直すと、器用そうな手つきで、スプーンからプリンをすくう。
カルメラシロップがたっぷりとかかったプリンがぷるんと震えた。

「あーん」

虎徹は近づいてくるスプーンに、おどけたような声で大きく口を開けた。
するり、と。
口の中へ、プリンがいれられる。
パク、と虎徹はそれをくわえると、バーナビーがゆっくりとスプーンを口の中から出す。
冷たくて甘いプリンが、乾いた喉をツルリと滑ってゆく。

「……うまっ」
「そうですか、そういってもらえると、作った甲斐がありました」

バーナビーはまたプリンをスプーンですくい、虎徹の口の中へと差し込む。

「……ん……」

スプーンが近づくと、静かに口唇を開き、パクンとそれを食べる。
そうした仕草を何度も繰り返し、やがてプリンをすっかり食べ終えてしまうと、バーナビーが虎徹の口唇のラインをゆっくりとなぞった。
虎徹はうっすらと口唇を開けて、悪戯っぽい瞳でバーナビーの指先をそろりと舐める。

「……」

バーナビーはほんの少し瞳を細め、また虎徹の口唇のラインをなぞった。

「なあ……バニーちゃん……」

ぼうっと少し潤んだ瞳で、虎徹はバーナビーを照れくさげに見つめた。

「……なぁ……あのさ……」

ほんのすこし、はにかんで。
優しい色で見つめてくるバーナビーを、一、二度静かに瞬きをして、ゆっくりと見つめ返す。

「バニーちゃん……今から、しよっか……」
「え……でも……」

誘うような潤んだ瞳で見つめられ、バーナビーの体の熱も上がる。
けれどバーナビーは、僅かに躊躇う。
虎徹は体を僅かに起こしてバーナビーの腕を引き、そして口唇を合わせる。

「だいじょーぶだって。熱は大分下がったし……」

そうして耳元に、クスリと囁く。

「でも、また熱が上がっちゃうかもな……。そうしたら、バニーちゃんが、また、優しく看病してくれるだろ?」

頬を合わせ、バーナビーの薄い耳朶に口唇を押し付けると、バーナビーは虎徹の肩をつかみ、今度は強く口唇を重ねた。

「悪い、病人ですね。少しは大人しく寝ていられないんですか……?」

低く囁きながら、緩く開いた虎徹のパジャマの隙間から手を入れて、熱っぽい虎徹の素肌を探る。
慣れた手つきが素肌の上をかすっていき、虎徹はそっと首をすくめ、悪戯っぽく笑う。

「……んん……だから……ぐっすり眠れるように……な……?」

バニーと、したいんだよ。

笑う虎徹の口唇に、自分の口唇を重ねながら、バーナビーはゆっくりと虎徹をベッドの上に横たわらせ、そこに重なっていった。

「……ぁ……」

熱で敏感になっている虎徹の首筋を口唇でたどると、虎徹はくすぐったげに肩をそびやかす。

「虎徹さん……」

パジャマのボタンを外し、綺麗に筋肉のついた体のラインに口唇を滑らせてゆく。

「……んっ……バニー……」

甘えた虎徹の声が、しっとりと漏れ出す。
淡い色をした乳首をゆっくりと含むと、虎徹の背中が綺麗にしなった。

「……ぁ……ん……」

虎徹がバーナビーの背中を抱いて、甘く声を上げる。
バーナビーは尚も敏感な虎徹のそこに口唇を押し付けて、軽く開いてペロリと舌先でくすぐる。

「……ぁ……」

ため息のような声が、漏れる。
普段よりも熱い虎徹の体は、しっとりと汗で濡れ、バーナビーはゆっくりと口唇を滑らせてゆく。

「熱で……敏感になっていますね……」

滑らかな虎徹の肌をたどり、バーナビーが肌の上で呟くと、吐息がまた敏感な部分を掠っていき、虎徹はまた切なげに口唇を震わせた。

「……それも……あるかもしれないけど……ぁん……久しぶり……だろ……」

確かに、こうして虎徹に触れるのは1週間ぶりくらいだ。
そのせいだろうか。
僅かに虎徹の肌に触れただけで、バーナビーも熱に浮かされたように昂ぶっていた。
だが、まだ無理のきかない虎徹の体に負担をかけないように、バーナビーはゆっくりと虎徹の体に口唇を滑らせてゆく。

「……いいから……バーナビー……。……辛い……だろ……?」

虎徹は促すように、バーナビーの髪の中に指をさしいれて、柔らかくかきまぜた。

「……でも……」

バーナビーがほんの僅かに、躊躇う。
そんな彼を、虎徹は愛おしげに瞳を柔らかくし、照れくさげにそっと微笑む。

「……俺が……欲しい……から……」

バニーちゃんを、早く。

微かなため息にも似た虎徹の言葉に、バーナビーは体を熱くした。

「……虎徹さん……」

そっと体を起こし、バーナビーは虎徹に軽く口づける。
気恥ずかしそうにする虎徹の瞳を見つめながら、バーナビーは虎徹を強く抱きしめた。

自分は、いつまでも一人ぼっちだと。
そんな風に、暗い部屋の中で、居たたまれない寂しさに包まれていた夜もあった。

「……虎徹……さん」

抱きしめて、キスをする。
虎徹の頬に、まぶたに、鼻先に、そして口唇に。

「……ん……」

虎徹はバーナビーの腕の中で、静かに目をつぶる。
両親を失い、復讐に燃える怒りを抱えながらも、胸がはりさけそうな夜も一体どれくらいあっただろう。
もし、もう一度大切な人ができたら、二度と失いたくない、と。
その大切な存在は、自分の腕の中にいる。
何よりも、かけがえのない。

「……バニー……」

抱きしめ合い、口づけをする。
互いの手の中に、確かに存在するかけがいのないもの。
それを確かめ合うように、二人は口づけをした。

「……ぁ……ん」

汗ばんだ背をたわませてから、虎徹が綺麗に背中をそらす。

「……虎徹さん……」

小さく呼んで、バーナビーは虎徹の口唇に自分のそれを重ねた。
先ほどから深く虎徹の中に埋めていた自分自身を、そろりと抜き出し、また深く埋める。

「……ん……」

中を激しくこすっていくバーナビーの昂ぶりを強く感じながら、虎徹はふるりと体を震わせた。
中で、バーナビーが動いている。
ゆっくりと、そして激しく。

「冷たくて、気持ち、いいよ……」

普段から平熱の低い、冷たいバーナビーの肌が虎徹の肌と触れるたびに、なんとも言えない快感がわきあがる。
虎徹は、ゆっくりと自分の腰を動かした。

「……っ……」

体を動かすと、中にいるバーナビーをまた強く感じた。

「大丈夫……ですか?」

バーナビーは心配そうに、体の下に横たわる虎徹の瞳をのぞきこむ。

「……だい……じょうぶ……だって」

もっと、もっと、激しく動きたいのに、虎徹の体を気遣い、押さえるような動きを見せるバーナビーに、虎徹はゆっくりと自分の腰を動かしだす。

「……ん……ぁ……」
「無理……しないで」

まだどこかだるそうにする虎徹の頬を、バーナビーが優しく撫でる。

「無理じゃ……ないって……」

体の中にあるバーナビーの熱さが、虎徹を熱くする。
そこにある確かな存在が、虎徹を熱くするのだから。
だから。

「もっと……」

濡れた瞳と濡れた声で、虎徹はバーナビーを呼んで。
バーナビーは、虎徹の中に自分のそれを深く埋めこんだ。

「……ぁ……」

確かに存在する、バーナビーの熱さを全身で感じ、虎徹は切ない声を上げる。

「虎徹さん……」

柔らかく髪を撫で、その口唇に口唇を寄せ。
バーナビーはまた、深く虎徹の中にそれを埋め込む。

「……バニーちゃん……」

意識がだんだんと薄くなっていくのを感じながら、虎徹は甘く声を上げた。
冷たい、バーナビーの肌が、熱くなるまで。
ずっと、抱きしめていたい。
そしてもう少し、この瞬間に甘えていたい。



元気になった時は、今度は虎徹がバーナビーをいっぱい甘えさえてやるのだから。


-END-

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