ありすのお部屋

□斉藤さんの恋
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「思いだしてくれたんですねぇっ!」

タイガーはいきなりそういうと、私のことをぎゅっと抱きしめてきた。
この神に選ばれし天才であり、冷静沈着なこの私としたことが、なぜかその時は言葉を発することもできず、嬉しそうに抱きしめてくるタイガーを、ただ、ただ見つめてしまっていた……。



☆☆☆



ワイルドタイガーを、一言で表現するならば、粗暴にして、粗雑で、野卑で、下品で、乱暴で、単純で……。
つまり、一言では表せないくらい、私とはまったく違う世界の人間なのだ。
大体、ワイルドタイガーは、技術者がどれだけの苦労と時間と愛情をかけて、ヒーロースーツを開発しているのかをまったくわかっていない。
いつまでも、あのまったく性能ゼロなクソスーツを大切にしていて、この私が開発した、スーパーエクセレントブリリアントスペシャルゴージャスなスーツを、粗雑に扱う。
まったくもって、けしからん。

「いや、ほんと、すいませんでしたっ!斉藤さん」

せっかく修理したばかりのスーツが、また壊れて私の前に差し出された。

「ちょっと力いれただけだけなのに、おっかしいなぁ」

ぷらん、と取れた腕のパーツをもって、タイガーは、あはははと豪快に笑った。
何が、おかしいのだ。
この私の、心血注いで作り上げたヒーロースーツが、また壊れた。
壊れたのを直すのは、いい。
むしろ、壊れるという欠点を、二度と壊れないようにリニューアルするのが、技術者の腕のみせどころといえよう。

だが、今、面倒なことに経費削減やら、何やらで、会社が非常にうるさい。
この天才である私の力で、スーツ開発部門にはそこまでうるさいことはいってはこないが、それでも限界がある。
先日、タイガーが壊したスーツ修理の際に取り付けた新しいパーツの費用が予算オーバーだと、ぶつぶつ小言を言われたばかりだった。
それなのに。

「取り付けが甘かったんじゃないっすかねぇ。ほんと、ぽろって。全然そんなつもりじゃなかったのに、ちょっと力入れたら、ポロっていっちゃったんですよ。でもほら、これでまたこの部分を補強したら、このスーツは完璧になりますねっ」

取れたパーツをぷらぷらしながら、タイガーはまた呑気に笑った。

「……取り付けが……甘いことがあるか……耐荷重試験も、強度解析も……データを……十分に……とっているんだ……」
「はぁ?」

私のこんなにはっきりした言葉が聞こえないのか、タイガーは耳に手を当てて、私に顔を寄せてきた。

ツキン。

む、なんだ。
訳のわからない、痛みのような、痺れのような、よくわからない痛みに胸がツキンとした。
いかん、疲れすぎだろうか。

「だから……強度解析も……十分に……データをとって……いるんだ、そんなに……簡単に……とれるはずがない……」

私の言葉に、タイガーはふんふんとうなずいて。

「そのデータ、でーたらめ、だったりして…なんちゃってぇ……あ、ははははっ」
「……タイガー」

「あ、す、すいません、斉藤さん。本当に、すいませんっ。ふざけすぎました、ほんと、すいません……」
「その駄洒落……面白いよ……きひひひひっ」

このタイガーは、頭は悪いのだが、駄洒落センスは、この私をうならせるほどの実力の持ち主だった。
思いがけない素晴らしい駄洒落に、悔しいが私はなんだか嬉しくなってしまった。
データが、出鱈目。
素晴らしい、素晴らしすぎる。
先ほどの胸の痛みも、ふっとんでしまったほどだ。

「そ、そうっすか。そりゃ、良かった」

タイガーは、ちょっと困ったような顔をして、ぽりぽりと顎をかいていた。

「そんじゃまあ、ちゃちゃっと直して、お願いしますよ、じゃ、俺この後仕事あるんで、失礼しますっ」

タイガーはそういうと、素早く開発ルームを出ていった。
データが、出鱈目か。
きひひひひ。
思い出しても、面白い。
悔しいので、いい駄洒落が浮かんだら、タイガーに教えてやらなくては。



☆☆☆



天才の手にかかれば、壊れたスーツなど、あっという間に直してしまえるのだ。
とはいえ、今回は少々てこずってしまった。
どうも、接続部分にちょっとした弱点があり、もう少し強度解析を行わなくてはいけない。
できれば、スーツを着用した状態でテストしたいのだが……。
私は内線を取って、秘書課へとダイヤルをした。

「あーっ、開発の斉藤だっ!タイガーの、今日のスケジュールはわかるかねっ!」

『ワイルドタイガーは、本日雑誌の取材の後、アポロンメディアにて、ミーティングを行う予定になっております』

「それは、何時の予定だねっ!」

『少々お待ちくださいませ』

少し保留音を聞いた後、秘書が再び電話へと出た。

『予定では、もうそろそろ社へ着くはずです。ミーティングは、ナンバー1202のミーティングルームで行われます』

「そうかねっ、ありがとうっ!」

私は、電話を切った後、ミーティングルーム受付へと内線をかけた。

「あーっ、開発の斉藤だっ。これから、タイガーがミーティングを行うようだが、そちらでタイガーの姿をみかけてないかねっ」

『ワイルドタイガーは、五分ほど前にミーティングルームへ向かったはずです』

「あーっ、そうかねっ、ありがとうっ!」

電話を切ってから、私にひらめくものがあった。
タイガーを、見取らん。
虎を、見とらん。
さ、最高だ……。
さっそくタイガーに、いわなければいけない。
私は急ぎ足で、ミーティングルームへと向かった。



☆☆☆



「ちょ……ば、か……こんなところで、やめろって」

「少し、静かにしてください。誰かきたらどうするんですか?」

「そりゃ、俺のセリフだ……って、バニー……ちょ……」

ミーティングルームへと向かう途中、廊下のどこかからか、タイガーの声が聞こえた。
どこにいるのだ?
廊下を歩いていくと、奥のほうから声がする。
廊下の突き当たりの角からのぞくと、非常階段へと続く踊り場で、タイガーとバーナビーが、壁際で何か言い合っている。
タイガーは壁に背中をつき、それに覆いかぶさるようにして、バーナビーがタイガーの両手を掴みあげていた。

「お前っ、ここどこだと思ってんだっ。しかもこれからミーティングだぞ?だれか来たら……」
「だから静かにしてくださいと、いっているでしょう?本当に耳の悪いおじさんですね……」
「おじさん、言うな、あ……っ……」

しきりと文句を言うタイガーの口に、バーナビーが自分の口唇を重ねた。
これは、一体どういうことなのだ。
確かに、タイガーとバーナビーは、よく喧嘩もするが、この姿はどうみても喧嘩というよりも、むしろ恋人同士のようだ。
タイガーはバーナビーに口づけされて、最初はじたばたしていたが、やがて、力をなくしたようにずるずると壁にもたれかかるのを、バーナビーが掴んでいた手を離し、かわりにタイガーの足に自分の足を割りこませて、腰をつかんでいた。

「なあ、バニー……なに、がっついてんだよ……昨日だって、さんざんやっただろが……」
「……あなたは、不安にならないんですか?」
「バニー……?」

「僕は、不安でたまらない。ほんのわずかとはいえ、あなたの記憶を失ってしまって……こうして触れていないと、もしまた、あなたへの記憶を失ってしまうことになったらと……僕は……」
「バニー……ぁ……」
「刻みつけたいんです、僕にも、あなたにも、全部を。二度と、失われないように……」

バーナビーはまた、タイガーへと激しく口唇を重ねた。
タイガーは最初、苦しそうに首をふってはいたが、やがてバーナビーの背中へと手を回して、二人は長い間、ずっと口唇を重ねていた。

私は、廊下の角から、そんな二人を、ただ眺めていた。
ああ、そうなのか。
そういうことだったのか。

シュテルンビルドでは、同性愛行為はそんなにめずらしいことではない。
上流階級では、高雅な趣味として、むしろ積極的に取り入れられているほどだ。
だから、二人がそういう関係であっても、私は別段驚くことではない。
ない、のだが。

ツクン。

また、訳のわからない、胸の痛みがした。
しかしさすがに、この場にいるのは、まずいだろう。
バーナビーの口づけが激しすぎるのか、タイガーは苦しそうに体を震わせている。
これ以上いるのは、まずい。

虎は、みとらん。
そう、このダジャレのように、私はタイガーを見なかったのだ。
そういうことに、しよう。

ツクン。
おかしい。
こんな最高の駄洒落を言ったのに、なぜか私の心は晴れることはなかった。



☆☆☆



「いやあ、斉藤さん、ほっんとに、すいません。もうしません、二度としません。ガチで次こそは気をつけますっ!絶対に、もうやりませんっ!」

また、見事に壊されたスーツが私の目の前に差し出された。
また、壊された。
今度は、もっと激しく、壊された。

「なんでですかねぇ、やっぱりあのネクストのやろうが、このスーツをひっぱらなきゃ、こんなことにならなかったんですよっ。ほんと、憎むべきは、悪ですよ、悪っ!」

私は、タイガーから差し出されたスーツを、黙ってみつめていた。
ツクン。
あれから、タイガーを見ると、またなぜか胸が痛んだ。
一体、どうしてしまったんだ、私は。

精密検査を受けてみたが、きわめて健康、原因は不明だった。
私が、ずっと黙っていると、タイガーが不思議そうに私に顔を寄せてきた。

「あれ、斉藤さん。具合、悪いっすか?いつもみたいに、ぶつぶつ文句言わないから、調子狂っちゃうなぁ」

あははははは。
タイガーはまた、能天気に笑った。

ツクン。

その笑い顔をみると、胸が痛む。
一体、なんだろう、この痛みは。

「斉藤さん、なんか、いつもみたいにしてくれねぇと、俺が調子くるっちまいますよぉ……」

タイガーが、困った顔で、私の顔をじっと見つめる。

「いやあ……スーツを壊して、すーつれいしましたっ!なんちゃってっ、なんちゃってっ!」

……。

「あっ、斉藤さん、すいません、ちょっと今浮かんだからいっちゃいましたけど、あの、反省してますからっ。本当に反省してますから、すいませんっ!」

「き、きひひひ……」
「さ、斉藤さん……?」
「き、きひひ……タイガー……やっぱり、君、サイコー、だよ……きひひひ……」

「そ、そーっすかっ!いや、よかった、斉藤さん、俺、斉藤さんが怒ってると思っちゃいましたよぉ。それじゃ、スーツ、よろしくお願いします。俺、これから、また仕事なんで、じゃ、ほんと、すいませんでしたっ!」

タイガーはそういうと、また足早に開発ルームをでていった。
不思議と、私の胸の痛みがなくなっていた。
私の前には、見事に壊されたスーツが残されているが、こんなものはまた、あっという間に直してやろう。
市民の平和を守るためには、私の開発したスーツが絶対に必要なのだ。
そして、ヒーローのためにも、一刻も早く、スーツを修理せねば。



私の、ヒーローのために。



-END-

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