ありすのお部屋

□オシエテ、センパイ
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「なあ、バニー。お前、好きな子とかいるのか」

手に持っていたグラスの氷が、カランといい音を立てた。
ウィスキー、2フィンガーがいい感じに氷で冷やされて、喉を熱く焼いていく。
本当は今晩の気分は焼酎の方が良かったんだが、バーナビーの家にはあいにく焼酎がなくて、ウィスキーをロックでやっている。
でもこのウィスキーも、すんげぇいい銘柄だ。
貰い物ですけど、ってさらっと奥の棚から出してきたが、多分これ、いい値段すると思う。

まじで、こいつ、セレブかよ。

バーナビーの家を訪れるのも、これで何度目かになるが、来るたびに、この超高層から見える夜景の凄さには、こんなオッサンでもうっとりしてしまう。
この部屋に、彼女でも連れてきたら、すぐにいい感じの関係になりそうなのになぁ。
だけどバーナビーには、多分、そんな関係がある女性はいないはずだ。

もちろん、こいつは女にはすごいモテる。
できるならば認めたくないが、ものっすごいモテる。
だけど、どうもその女性たちに対する態度は、上っ面というか、表面上だけにみえる。

恋人でもできたら、この復讐の塊になってるバニーの心も、ちったあマトモになると思うんだが、こいつの心は、今はウロボロス探しだけしかないんだ。
なんだかよぉ、それって、すごくさびしくないか。
今晩だって、バニーがポイントを稼いだお祝いってことで、俺とこうやって呑んでるけど、こんなオッサン二人としめっぽく、夜景の見える豪華な部屋で酒なんて呑んでることが気の毒になってくるぜ。

「好きな子、ですか?」

バーナビーは、ジンをライムとグレープフルーツジュース、あと隠し味に塩をちょっと入れて割ったカクテルをちびちびと飲みながら、冷めた声で返事した。
酒が弱いお子様に、俺が作ってやった特製カクテルだ。

「そうそう、好きな子だよっ。なあ、バニー、好きな子はいないのかぁ?こういう夜とか、その子と過ごしたい……ってなこと思わないの?」

俺の言葉に、バーナビーはなんとも言えない、微妙な陰りを帯びた瞳を揺らした。
チラリと俺の方を見て、そしてそっと長い睫毛を伏せる。
なんだか妙に、セクシーじゃねぇか。
俺でさえ、ちょっとドキっとしちまう。
こういう表情が、モテるんだろうな、畜生。

「……好きな人は……います」
「おおお?」

ボソッと答えられたぶっきらぼうな答えに、俺は思わず間の抜けた声で聞き返す。
立ち上がり、バーナビーの隣へと、座りなおした。
バーナビーは俺を見つめて、極めて居心地悪そうにして、もう一度呟いた。

「……好きな人が、います」
「ガチか?」

俺の言葉に、バーナビーは俺をじっと見つめて、ゆっくりとうなずいた。
俺はびっくりして、しばらくバーナビーをじっと見つめ返してしまった。
バーナビーは照れているのか、極めて居心地の悪そうな表情で、綺麗な形の口唇をきゅっと噛んでいる。

「いや、振っておいてなんだけど、意外っていうか……なあなあ、おい、どんな子だよ。バニーの好きな子って」
「どんな子……どういうタイプかってことですか?」
「俺たち、パートナーだろ。なあ、いっちまえよ。吐いちまえよっ」

酒の勢いもあるが、バニーの好きな人がどんな人なのか聞いてみたい。
バーナビーは、僅かに顔を赤らめた。
普段は可愛げなくって、無表情のくせに、今のバーナビーの顔は、歳相応に見えて、みょーに可愛くて、俺はバーナビーのそばへジリジリと詰め寄った。

「教えろよ、バニー。なあ、なあ。言っちまえ、言っちまえって!場合によっちゃあ、恋愛にかけちゃ百選練磨の、この俺様が相談にのってやらなくもないぜ?」

俺が顔を近くに寄せると気恥ずかしいのか、バーナビーは気まずげにそっと顔を背ける。

「どんなタイプだよ?大人しいのか?美人か?それとも年上……?お前のことだから、やっぱり美人な人か?」

好奇心が手伝って、ますます顔を近付けて、そう質問を重ねると、バーナビーは酷く辛そうな顔をした。
けれど少しだけ吐息をしてから、俺の間近に顔を寄せる。

「……僕よりも、年上ですよ。それもかなりの年上ですね」
「ほうほう」

意外と、年増が好きなのか。
女性なんて興味ありません、なんてスカした面してる割には、マニアな趣味もってるのか。

「あとは?」

俺が切り出すと、バーナビーは俺の目をじっと見つめた。
もう、酒に酔っているのか、なんとなく瞳がうるんでいる気がする。

「年上のくせに、子供っぽくて、お節介焼きで、がさつで……」

「ほうほう」

だんだん、想像しずらくなってきた。
個性的な人なんだな、きっと、うん。

「……最初は、正直、その人が苦手でした。その人の図々しさと、いきあたりばったりで、後先考えない性格が、僕には信じられなかった……だけど、ある日、気づいたんです。その人の不器用な優しさと、温かさに」

何やら切なげな声になって、バーナビーは俺をじっと見つめて、瞳をゆらりと揺らした。

「その瞬間、僕は、恋をしていたんです」

バーナビーより年上で、お節介焼きで、ガサツで、いきあたりばったり……そんなすごいのがタイプだったのか。
でも、きっと優しい人なんだろうな。
なんていっても、バーナビーにそこまで言わせるんだから。

「バーナビー、その人って」
「……虎徹さん、僕は……」

何かいいたそうなバーナビーに、俺はゆっくりとうなずいてみせた。

「うん、きっと、お前に似合うと思うぜ。いい人そうじゃねぇか、頑張れよっ、バニー」
「……」

俺の言葉に、バーナビーはなぜか、深く、深く吐息した。

「……で、告白は?するのか?」

身を乗り出して、バーナビーへと促すと、バーナビーはゆらりと瞳を揺らし、いかにも辛そうに口唇を噛みしめた。

「……どうしようもないほど、鈍感な人ですからね。告白しても、気づいてくれるかどうか」

ちょっと吐き捨てるような、自棄になった声だ。

「なんだよ、意気地ねぇなっ。告白の一つや二つ、さっさとしちまえって。一回でだめなら、二回、二回でだめなら、三回。好きになったら、アタックあるのみだっ!」

バーナビーはしばらく、考えるように俺の顔を見つめた。
そして、ふいと横を向く。

「拒絶されたら、どうします?」
「そんな時は、何回も告白すりゃいいじゃねぇか」
「それでも拒絶されたら?もう二度と、微笑んでくれなくなったら?いっそ、告白なんてしないほうがよかったってなりませんか?今まで築いてきた関係が壊れるくらいなら、何もしないほうがいいとは思いませんか?」

バーナビーは真剣そのものって顔で、俺へとにじり寄る。
なんか、迫力があって怖ぇな。

「僕は、失うのが怖いんです。僕の気持ちを打ち明けて、もし拒絶されたら……僕は、一体どうしたらいいんですか?」

片手で顔を押さえて、バーナビーはまるで泣いているような表情をみせた。
バーナビーが、こんな風な顔みせるなんてよぉ。
そうしているバーナビーをみると、なんとかしてやりたいって思う。
放っておけないってゆーか。

「仕方がねぇ。それじゃ俺が、教えてやるよ。ガツンと心に響く、愛の告白ってやつをさ」

「……え?」

顔を上げて、バーナビーはいぶかしげに俺を見つめる。
まあ、正直、バーナビーに言う程、俺自身の経験がそんなにある訳じゃないのが、この際仕方ない。
少なくとも、バーナビーよりは恋愛経験は豊富だろう。
なんていっても、社会的にも俺は、子供がいるパパなのだ。
ここは俺様が、バニーに色々とレクチャーしてやらなくちゃ、バーナビーは一生このままかもしれない。

「仕事も、恋愛においても、大先輩であるこの俺が、愛の告白の仕方を、お前にばっちり教えてやるぜ」

戸惑うような瞳で俺を見つめるバーナビーに、俺はパチンと片目を瞑って見せた。
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