オフサンプル

□僕の夢
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【P40〜42抜粋】

「あれ? あいつ携帯忘れてやがる」
最近、研究が佳境だとかでほとんど大学と会社の研究室の往復のみだったバーナビーが、夕べ久しぶりに虎徹の元を訊ねてきた。
休みが取れたから虎徹の家で一緒に夕飯をとり、今日は映画にでも行きたいと言っていたのだが、疲れきっていたらしいバーナビーは、シャワーを浴びるなり晩御飯も食べずにソファで寝入ってしまった。
なんとかベッドまで行かせて、朝ご飯はしっかり食べさせようと思っていたが、朝起きるなり電話で呼び出されたバーナビーは、そのまま研究室へ戻っていったのだった。
食事の支度をしていた虎徹は、はりきって作っていた自分にしては豪華な朝食を前にがっくりと肩を落とした。
せっかくバーナビーのために作ったのになあと、溜息混じりに箸をつけようとしたところ、テーブルの上にバーナビーの携帯がぽつんと置かれていることに気がついた。
「うーん、これってまずいのかなあ?」
携帯電話がない不便さというのはそれぞれだ。虎徹は時々忘れるが特に困ったことは無い。
時々娘から電話がきていて、家に帰ってから怒られることがあるくらいだ。
ではバーナビーはどうかと考えると、仕事については大学と職場は連携していると言っていたから、携帯がなくとも不便はないだろう。
私生活はわからないが、たとえばサマンサさんから何か大事な連絡がったらどうする? 管財人から重要な電話があったら?
それに・・・・・・
私生活がとにかくわからないのだ。
それに、一日ならまだしも、最近の忙しさからいって今日の夜研究室から開放されるかどうかもわからないのだ。
そう思うと、虎徹はよしと決心して立ち上がった。
会社のほうならわからないが、大学なら以前、大学祭のときに案内してもらったことがある。幸い今日は会社ではなく大学の研究室だと言っていたから、届けることは可能だ。
虎徹は上着を着るとバーナビーの携帯を握り締めて家を出た。



休みの日だけあって、大学の敷地内は人気が少なかった。
遊びに来たのは随分前だったので覚えているのか不安だったが、来てみれば昨日のように覚えていたのに驚いた。
それもそのはず、案内したバーナビーが至るところで虎徹の腰を抱こうとしたり、物陰に引っ張り込もうとしたりと、イロイロ大変だったから印象が深かったのだ。
あの時バーナビーに何故わざわざこんなところでと叱ったら、校内に虎徹との思い出があると大学に来るたびに思い出して嬉しいからだといわれ、ぶんなぐったのを覚えている。
確かに・・・鮮明に思い出となって覚えている。
「良かったんだか悪かったんだか・・・」
複雑な気持ちを抱いて、虎徹は学内を歩いた。
研究室のちょっと手前までくると、白衣を着た小柄な男と行き会った。
関係者ではない虎徹がこんなところにいることを咎められるかと思ったが、なんとなく見覚えのある男は、虎徹に気付くとぱっと顔を明るくした。
見たことがあるなと思っていると、その男が口を動かした。
「・・・・」
「へ?」
何か喋ったのだろうか、何も聞えなくて虎徹は顔を近づけて、ソレで思い出した。
「ああ、斉藤さんでしたっけ?」
そうだ、バーナビーに案内されたときに会った。とても優秀な研究者だと言っていたひとだ。
そして、声が異様に小さいことも。
「・・・・・・・・」(久しぶりだね、バーナビーかい?)
「ええ、忘れ物を届けに来たんすけど、俺入ったらまずいですかね?」
「・・・・・・・・」(いや大丈夫だよ、そっちの部屋にいるから)
「ども、ありがとうございます」
何故か気心知れた旧知の仲のような気になれる相手に虎徹が礼を言うと、斉藤はキヒヒと小さく笑って行ってしまった。
「えーと・・・ここか?」
斉藤を見送ると、示された扉の前に行く。少し開いたそこからは、はっきりとは聞えないがぼそぼそと話し声が聞えた。
「えーっと、失礼しまー・・・・・・」
控えめに声をかけながら虎徹がキイと扉を開ける。
「す・・・・・・」
扉を開けたそこは、所狭しと基盤のようなものが剥き出しになった機械が並べられていて、ごちゃごちゃと迷路のようだった。
その奥の窓のところに、よく知っている長身のすらりとした影。
白衣が妙に似合いやがる。
そして、その影に白くて長い腕が絡み付いていて・・・・・・髪の長い女性が抱きついているのが見えた。
長いその髪の毛先はくるんと可愛らしくカールされているが、研究室だからかキリッと縛られていて手元の邪魔にならないようにしているのだろう。同じく白衣を着ていて、眼鏡をしていて、知的な美人だった。
それは、一瞬のことだったのだろうが、虎徹はじっくりとその女性を観察していたようだった。
視線を感じて気付くと、男が・・・バーナビーが驚いたようにこちらを見ているのに気付いた。
「あ・・・」
はっとした虎徹は、バーナビーが何かしゃべろうと口を動かしかけたのに、かぶせるように慌てて喋りだした。

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