オフサンプル

□もしもバニーが、壁サークル作家だったら
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【本文抜粋5ページ】
ハァイ、僕は、男性向け超大手サークル『power of justice』のバーナビー・ブルックス・Jr。
 ファンの間では、PJの略称サークル名で親しまれている。
 漫画描きで、愛用のツールはフォトショップ。
 もちろん、愛機はマックだ。
 ウィンドウズ?
 そんな美的感覚のないパソコンは、僕の辞書にはない。
 今回のコミケットの参加ジャンルは、魔法少女まどか☆マギカ。
 もちろん、僕の嫁はその時々で変わるので、毎回参加するジャンルは変わる。
「バーナビーさん、設営準備、全部終了しました」
「そうですか、ありがとうございます」
 歯切れのよい口調で、僕のサークル運営を全般的に執り行ってくれているチーフスタッフの子が設営完了の報告にきた。
「見本誌も先ほど、コミケットスタッフへ提出済みです」
「印刷所の、追加搬入時間は?」
「予定通り、11時に追加300箱予定です」
「他に何か、問題は?」
「……ああ、ちょっと先ほど、コミケットから、販売計画書と、実働人数が合ってないとチェックはいったんですが、ねじこんでおきました。あと足りなかった販売担当は、補充できています。混雑整理も、今回は二名補充しています」
「いつもすいません、有能なスタッフが多くて、本当に助かっていますよ」
 とっておきの営業スマイルで微笑むと、チーフスタッフの女性はわずかに頬を染めた。
 何しろ僕は、黄金に輝く太陽神アポロンさながらの美貌を持っているのだ。
 巷では、イケメン男性向け同人作家ということで、最近ではよくTVの取材を受けていたりする。
 そうしたら、作品ファンだけではなく、僕自身のファンが増えてしまい、先日は締め切りの最中『徹子の部屋』という番組に呼ばれ、TVプロデューサーの土下座してまでの願いに、渋々と出演してしまった。
 しかし、あの黒柳徹子とかいうおばあちゃんは、人の話をまったく聞かないから、困ったものだった。
 僕のさりげなく機転の聞いた会話でなんとかつないだものの、あんな番組には二度と出演したくはない。
 その他、人気バラエティや、ドラマの出演なんていう話もあるが、あくまでも僕の本業は同人漫画描きなので、そろそろTV出演は絞っていかなければいけないと思っている。

【本文抜粋10P〜11P】
 僕があまりにも顔を見つめるのが恥ずかしかったのか、ちょっとうつむきながら、男は僕に本を薦めてきた。
 これは、一体何のパロディだろうか?
 僕は過去10年くらいのアニメや、ライトノベル、ゲーム系はほとんどチェックしている。
 しかし、このキャラクターは初めてみる。
 A5にコピーされただけの、何の表紙もない、しかも中綴じではなく、袋綴じの雑に作られたコピー本のページをパラパラとめくる。
 いまどきにしては、ちょっとアナログな描き方をした、漫画だった。
 エロも、そんなに激しいわけじゃない。
 ストーリーが、そんなに深いわけじゃない。
 しかし、どうしてか、惹かれるものがあった。
「お客さん、若いのに、クリィミーマミ、好きなの?」
「クリィミーマミ?」
 初めて聞いた、そんなキャラ。
「なんだ、クリィミーマミに興味があったわけじゃないのか」
 男は、途端残念そうな顔になった。
 僕は、その曇った表情を見て、どうしてこのキャラクターを知らなかったのか、心底後悔した。
 パラパラとめくっていくと、奥付には、『鏑木酒店』とサークル名が記載されていた。
 ペンネームは……ワイルドタイガー。
 僕は手にした本を、彼の前に差し出した。
「これ、一冊頂けますか?」
 彼は、少し驚いた顔をした。
「いいの?……だって、クリィミーマミ知らないって……」
「こちらの御本で、とても興味がわいたんです。是非、後で本編をチェックしてみたいと思ってます」
 驚くほどすらすらとそんな台詞を言う僕自身が、とても信じられない。
 とにかく、今は、この人とコミュニケーションがとりたい。
 そんな思いでいっぱいだった。
「本当か?いやぁ、新しい人にマミちゃん本を買ってもらえるなんて、嬉しいなぁ」
 あっはははと、彼はまた笑顔を見せる。
「……失礼ですが、ワイルドタイガーさん、ご本人ですか?」
「そうそう、俺がワイルドタイガーだ、よろしくっ」
 まるで、それは透き通った青い空の下で、まっすぐ上をむく、向日葵の笑顔ような。
 そんな眩しい笑顔に、僕は思わず目を細めてしまった。
「じゃあ、200円になります」
 彼、いや、タイガーさんの言葉にふと我に返る。
 僕はお金をだすために、カーゴパンツのポケットにはいっているアルマーニの財布を取りだそうとして……気づいた。
 まずい。
 僕は普段から、小銭をまったく持ち歩かない。
 しかも今、財布には万札しかはいっていないはずだ。
 なんということだ。
 買い手として、コミケで小銭を用意してないなんて。
 大失態だ。
 この僕としたことが。
「どしたの?」
 僕がしばらく固まっていた為、タイガーさんがおずおずと顔を覗き込んでくる。
「申し訳ありません、実は今、一万円札しかないのですが……」
「あー?万券だけかぁ。まいったな。さすがに釣り銭がたりねぇな」
 タイガーさんは、お釣り箱と思えるお菓子の缶にはいっている釣り銭を数え始めた。
「……ねぇなぁ。まあ、どうせ、うちんところの本が売切れるってことないから、どっか買い物してきて、お金がくずれたら、また来てくれよ」
「そんなわけにはいきませんっ!」
 そんな失礼なこと、できるわけがない。
「……そうだ、自分のスペースに戻れば、細かくできますので、ちょっと待っていてください」
「いや、いーよ。大丈夫だって、一応、念のため、取り置きしておくから」
「でも……っ!」
 すると、タイガーさんの隣のスペースに座っていた、浅黒い肌で小太りの眼鏡をかけた男が、ぼそぼそとつぶやいてきた。
 コスプレのつもりなのか、白衣を着ている。
 ぼそぼそと呟かれる小声を、よく聞いてみると。
「よければ……私が……両替をしようか……」
「え、そんなの悪いですよぉ」
 タイガーさんは、すまなそうに恐縮した。
「困った時は……お互い様……」
 きひひひっ、と小男は笑った。
「じゃあ、すいません、これの両替をお願いします」
 僕は隣のスペースの小男に、両替をしてもらった。
 そして、改めて、タイガーさんへ200円を渡す。
「手数かけてわりぃな、うちんところで万券だすような人いないからさ、釣り銭準備してなかったぜ」
 ちょっと照れたようにしながら、タイガーさんは僕からお金を受け取った。
 その瞬間。
 僕の指先と、彼の手の平が触れ合う。
 どきり、と。
 今まで感じたことのないほど、心臓が跳ね上がったのを感じた。
「それにしても、悪かったですね、会場前に釣り銭つかわしちゃって。なんか困ったことあったら、どんどん言ってくださいよ」
「大丈夫……釣り銭は……十分にあるし……マミちゃんは……私の青春だった……から……」
「まじでっ?マミちゃん、好きなんすか?」
「……レコード……持ってる……きひひひひ」

【本文抜粋21P〜22P】
「んー、結婚してた、ってのが、正しい言い方だろうけどなぁ」
 虎徹さんは、少し寂しげな瞳で、左手のプラチナリングを見つめた。
「俺の奥さん、五年前に他界しちゃってさ……おじさん、それから独り者なのよ……」
「それは……すいません、でした……」
 虎徹さんは静かな口調だったが、そこから言い知れない悲しみの響きを感じ取り、僕は慌てて謝った。
「いいって、いいって、気にすんなよ」
 そういって、虎徹さんは右手で心臓をゆっくりと押さえる。
「……最初は、ああ、友恵がこの世にいないんだなぁって、頭で理解してても、思い出すたびにずっと心臓が苦しいくらいぎゅーっと痛かったんだけどな。……でも、最近、そんなに痛くなくなってきたのは、やっと俺のここも、友恵がこの世界にいないことを受け入れてきたんだなぁ……って」
 まるで、何かを抱きしめるみたいに、自分の心臓を軽く押さえて、虎徹さんは軽く目を閉じた。
「奥さんのこと……愛して、いるんですね」
 いまでも。
 いつまでも。
 きっと、虎徹さんは、とても愛しているのだろう。
「そうだな……きっと、今でも愛してるのかな……」
 それはまるで、透明なガラスの笑みのような。
 遠い瞳で、虎徹さんは静かに答えた。
 僕はそれを、どこか遠くで眺めるように、見つめている。
 そうした僕に、虎徹さんは、また照れくさそうに微笑みを向ける。
「……愛してるっていうのか……何しろ、俺の奥さん、俺の家族の中で唯一俺の理解者で、仲間みたいなもんだったから……」
 ははは、と虎徹さんは明るく笑った。
「仲間?」
 不思議な、表現だった。
 普通、奥さんのことをそんな風に言うのだろうか?
 僕の聞き間違えなのか?
「……仲間、ですか?」
「えーっと、なんていったっけ、腐れてる女性みたいな、あの言葉……あれ、あれだよ……えーっと……ふ、ふじょ……」
「腐女子?」
「そう、それそれ、うちの奥さん、いわゆる腐女子ってやつでさ、家族に隠れながら、二人で同人誌とか、よく作ったもんだよ」
「奥さん、腐女子だったんですか?」
「そうなんだよ、いやー、まいるよなぁ……」
 僕の言葉に、虎徹さんはさらに照れたように笑った。
 腐女子。
 虎徹さんの奥さんが、腐女子。
 その事実に、僕は身を乗り出して耳を傾けた。
「友恵とは、もともと、高校時代の漫研で一緒だったんだけどさ、まあ、それがきっかけでつき合いだして、結婚したんだけどな。結婚式当日に、いきなり、私、実は腐女子だったのって、カミングアウト?いやー、あの時はびっくりしたよ。オタクってのはもちろん知ってたけど、まさか、私、実は男同士の恋愛を、超絶推奨の人なの、とか言われるとさー、俺も、笑うしかないよなぁ……あははははっはは」
「は、はあ……」
 虎徹さんは、軽く腕を組んですっかり思い出語りモードにはいっていた。
「結婚式にさ、俺のダチがきてたんだけど、俺とアントニオとの絡みは許せないとか、兄貴となら絡んでもいいとか、兄弟設定は萌えるとか、真顔で言うんだぜ?もう、なにそれ、わけわっかんねぇ」
「はぁ……」
 僕は、ただただ、相槌をうつしかなかった。
 それとともに、不思議に先ほどまでの鬱とした気分が晴れていく気がしていた。
 腐女子が、虎徹さんの奥さんだった事実は、不思議と僕を力づけてくれた。
「懐かしいなぁ……俺、友恵の描く同人誌のアシスタント、よくやらされたもんだよ……」
「虎徹さんがですか?」
「お前、知ってる?ボーイズラブの構図ってどう考えても、おかしいんだぜ?人体の構造的に、こんな体勢、絶対、はいってないでしょ?って指摘しても、ファンタジーなんだからいいんだ、の一言よ?それなのに、男性向けのキャラの構図には厳しいんだぜ?まいったよ」
 まいった、といいながら、虎徹さんの表情は、幸せそうだった。
 奥さんとの思い出を、懐かしい笑顔で語る虎徹さんに、僕はただ、相槌を繰り返す。
「俺も本当、友恵に弱くってさ、押し切られると、反対できなくって。ああ、それで……」
 虎徹さんは、まるで秘密を打ち明ける子供のように、瞳をキラキラと輝かせて、声をひそめた。
「よくさぁ、子供生まれたら、好きなキャラクター名つけたいって願望あるじゃん?俺も娘ができたら、真美とか、優ってつけたいなーってずっと思ってたのね。そしたら友恵の猛烈な反対にあって。で、結局、その時、友恵が一番好きだったキャラの名前をつけることになっちゃったのね……」
「娘さん、なんていう名前なんですか?」
 虎徹さんは、一瞬黙って、視線を落としながら呟いた。
「えーっと……鏑木、楓……」
「……ああ……スラムダンクの流川……」
「はぁぁぁ……やっぱりわかる?……俺、楓には絶対いえないから、墓場までこの秘密をもっていかねぇとなぁ……」
 虎徹さんは両手で顔を押さえて、ゆっくりと肩を落とした。
 たしかに、自分の名前が、そんな由来でつけられたとしったら、幼い心にトラウマを与えかねない危険もあるだろう。
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