短編
□俺が貴様でボクが君!?
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「キモイコワイハズカシイダレカタスケテカイバヤバイ、ぎぃやぁぁぁぁああああ!!!!」
謎の呪文と悲鳴を最後に、彼は泡を吹いて動かなくなってしまいました。
「うあ、っと…!?」
ずしり、と突然重みを増した〈遊戯〉を訝しんで彼を下してみれば。
「わぁぁ!?!?もう一人のボクー!?!?しっかりー!!!」
白目を剥き、泡を吹いて気を失う〈遊戯〉に狼狽も顕わにして肩を揺さぶってみたのですが、意識が浮上してくることはありませんでした。
「あ、杏子!どうしよう!もう一人のボクが倒れちゃった!!」
「あ、そ、そうね、ど、どうしようかしら、ね…。」
目を逸らして杏子は答えます。
くどいようですが、海馬の肉体での遊戯の行動は全てがミスマッチなのでした。
取り敢えず保健室に運ばれることとなった〈遊戯〉は、城之内に背負われてぴくりとも動きません。
ボクが運ぶと申し出た遊戯(海馬)の言葉をできるだけやんわり断りました。
「(これ以上は〈遊戯〉が可哀想過ぎるぜ…。)」
男、城之内克也。今親友に心からの同情を捧げます。
教室を後にする城之内に当然のように付いてくる遊戯(海馬)の行動すら、やっぱり不可解でなりませんでした。
この男はこんな人間ではなかった筈、と思うのです。
「…なんでお前が付いて来んだ?」
「心配だからに決まってるじゃないか!城之内君!」
口調がおかしいとか、自分を凡骨と呼ばないとか、色々突っ込み所が満載すぎて尋ねる気も起きない城之内君でした。
それ以前に、声を聞くことも、姿を見ることもおぞましかったのです。
歩き方すら何やら乙女めいている海馬なんて誰も見たくないのです!
そんな微かな願いは残念ながら相手には届きませんでした。
「でも…、どうしてもう一人のボクは倒れちゃったんだろう…?はっ!もしかして病気!?」
いや、病気なのはお前の頭だと思うぜ。原因もお前だし。と思う城之内ですが、賢明にも口にはしませんでした。
頭を悩ませる遊戯(海馬)でしたが、ふと窓に映った自分の姿を認めて手を打ち鳴らします。
それにも城之内は怯えを見せたのですが、気が付かないのがお約束。
「(そうだ!今は夢の中なんだ!これは夢だからきっともう一人のボクも大丈夫!)」
自分を安心させようとぺちぺち頬を叩いて、瞠目するのです。
「あれ、痛い…。」
城之内はもう何も聞いてはいません。
聞きたくありません。シャッターがらがらです。
「(そ、そう云えば、さっきもう一人のボクが暴れた時も…!)」
蹴られた部分が痛かったことを思い出しました。
次第に導き出される答え。
呆けた頭も嫌でも覚醒するというものですね。
「ぼ、ボク…、本当に海馬君になっちゃった…!?」
やっぱり城之内は聞こえない振りをしていました。
年齢にしてはおかしい程幼さを残した顔で、彼は屋上に立っていました。
眉間にこれでもかと皺を寄せ、顎に指を当てて思案する様はどこかアンニュイです。
「…間違いなく、俺は俺だ。だが、この身体は…。」
丸みが残る手を見て、混乱が蘇ってきそうです。
武藤遊戯の姿をした、海馬瀬人。
遊戯と違い、現実であることを目覚めた瞬間から気が付いた彼は、必死に自分の中の常識や認識と戦っていました。
一時的な混乱で、脳が自分の肉体を遊戯のものだと勘違いしているのでは、とも思ったのですが、随分と低くなった視界がそれを否定しています。
声も、間違いなく自分のものではありませんでした。
考えても考えても、答えは中々尻尾を掴ませてはくれません。
「くそ…、遊戯…!あのオカルト信者め…!」
オカルト、都市伝説と云った非科学的なものを信じない海馬ではありますが、遊戯と彼に宿る魂を中心に巻き起こる不可解な現象を幾つも目の当たりにしてきたのです。
信じてはいませんが、まだまだ自分の知りえない現象はあるのだと認識していました。
だんだんと、腹が立ってきます。
校長に交渉して下げさせた僅かな最低出席日数を稼ぐ為に登校してみれば、この有様。
しかも目覚めてみれば自分の身体は忽然と姿を消していたのです。
自分が遊戯の身体を持っていると云う事は、遊戯が自分の身体を所持している可能性が高い。
そう、彼は踏んでいました。
踏むも何も、実際その通りなのですが。
そうと決まれば、ここでこうして制服を靡かせる理由もありません。
先ずは海馬の姿をした遊戯を見つけ出す。
彼の決意が固まった瞬間でした。
扉を開き、階段を下ります。
何処にいるか、なんて皆目見当は付きません。
現状では、いつもなら、と云う考えが通用しないからです。
遊戯は海馬であり、海馬は遊戯である。
互いの肉体が入れ替わってしまった今、遊戯は何を思うのか。それが彼の足取りを掴む一番の手掛りなのです。
海馬は逡巡しました。