二度目の人生
□恐怖と決意
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『猿飛殿』
宴だとどんちゃん騒ぎをしている中、ただ一人縁側に座って静かに酒を飲む男、翔。
呼ばれて隣に降り立つと一緒に飲まないかとのお誘いだった。
『アンタは騒がないの?』
『俺は静かに飲む派なんでね』
『へぇ』
『特に今日は柚稀様が潰れるので俺だけでも生き残った方がいいんですよ』
『?』
『柚稀様の様子、可笑しいと思いませんでした?』
桜姫の様子、と言われて心当たりがあるのは城に帰ってきた時の泣きそうな顔。
『……泣いたの?』
『えぇ』
『なんで?』
『自分が死んだ時の記憶を思い出したんだと思います』
死に直面した時の。
一度死を体験した彼女にしかわからない恐怖。
『柚稀様が俺の前で泣いたのは今回で二度目でした』
『二度?誰よりも長い付き合いのアンタが?』
たしか桜姫が生まれた時からずっと側にいると以前言っていた。
『元々あの方は人前では決して涙を見せない性格でした。唯一涙を見せていたのは奥方様の前だけ。その奥方様が死んだ時が初めてです』
『桜姫の母親はなんで……?』
『戦の流れ弾です』
『弾?』
『雑賀衆と織田の戦でした。織田の人間に間違えられた奥方様は雑賀の銃によって殺されたのです』
また、織田絡みかよ。
そう思った途端、不覚にも少し殺気が出てしまった。
慌ておさめると翔は少し笑って話を続ける。
『責任を感じた孫市様は柚稀様と俺を引き取った。柚稀様は母親を殺された事など微塵も気にされておられず、孫市様の生き様に惚れ込んだようです』
『それで、舞桜衆を結成したってわけか』
『はい。頭領になられてからの柚稀様は本当に気高くなられた』
普段はへらへらしていますが。と翔は笑った。
確かにへらへらだし朝はだらしないし。
でも大事な場面ではすごく頼りになるお人だ。
『猿飛殿も見られましたよね、柚稀様が髪を切ったのを』
『うん』
『結成した時も、同じように切ったんです。あの日髪を切った時からあの方は一人称を“俺”に改め、どんな男よりも強く生きてきた。……誰よりも脆いくせに』
『翔?』
『知ってたんです。柚稀様が夜中に一人で涙を流していること』
でも彼女のプライドを崩したくないと翔は苦し気に言った。
なんて声をかけようかなんて迷っていると後ろから何かが乗し掛かってきた。
「さぁるとびぃ〜」
『っ桜姫?!てか酒臭っ!!』
「おいこらぁ〜、しょー全然飲んでねぇじゃん」
『柚稀様……』
べろんべろんに酔った桜姫は俺の胡座の上に座って翔の徳利に酒を注ぐ。
『ちょ、桜姫?!』
「やぁよ、ここにいるぅ〜」
うっわ、なんだこれ。
ほんのり赤い頬にとろんとした目で上目遣いはさすがに可愛い。
柄にもなく心臓が跳ね、顔に熱が集まる。
『柚稀様、あまり無理をなさると体に毒ですよ』
「ん……」
『って、ちょっと待ってここで寝るわけ?』
軽く体を揺するもぐっすりと寝入ってしまったようで寝息しか聞こえない。
やれやれと桜姫を横抱きにして立ち上がる。
『猿飛殿申し訳ない』
『気にしないでアンタも寝なよ』
桜姫の部屋に着き布団に降ろすときゅっと裾を掴まれてドキリとする。
起きているのかと顔を覗き込んでもやはり熟睡中。
「ん……」
『桜姫、今度は必ず守ってみせますよ』
やんわりとその手を外し、額に口付けを落として俺は部屋を出た。
(俺様ってば)
(なに口付けなんかしちゃってんの)