novel♭

□何かあっては困るから
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それは塾に通い始めて

まだ日の浅いある日のこと。




もちろん兄さんが

悪魔の子だなんて、

誰も疑いなんてしていない頃。







「今日の対悪魔薬学は、

 魔除けのお香を作ります。」























なにかあっては困るから





















雪男の担当する授業は、
薬学ということもあって、
時々実際に薬を作ったりする。



しかし、雪男は、
その実験のたびに、
悪魔である兄の身体に害が
及ばないか内心気が気でない。








「今回のお香は、
 下級悪魔除けとして
 一般的なものです。

 人体には影響ありませんが、
 薬品をこぼしたりしないよう
 慎重に扱ってください。」





…下級悪魔除けとはいえ、
悪魔に害のあるものを
作るのが目的だ。

今日はいつも以上に
監視しとかないと。







薬の作り方の説明をしつつ、
雪男は自身に言い聞かせた。

















「うわ、くっせぇ!」



材料を順番通りに調合し、
少し煮詰めていくと、
怪しげな煙が教室中を覆った。





「燐?…なんか臭うの?」




いつも隣で一緒に
授業を受けるしえみが
不思議そうに首をかしげて、
燐を見つめていた。




内心しまったと感じた。
この臭いは人間には感じない。

自分が悪魔だから臭うのか
と納得しつつ、どうやって
ごまかそうか焦っていた。





「たまに臭いを感じる人も
 いるんですよ。

 五感が常人よりも
 発達してる人とか、ね。」



燐のことをいつも以上に
気を配らせていた雪男は、
すぐさま助け舟を出した。



そして続けざまにさらりと

「兄さんは繊細なんですよ。」

なんて言ってみる。




それに対して

「なに、言ってんだよ…!」

なんて、燐は少し頬を
赤らめながら反論している。




















「なぁー、坊。
 なんか臭いますー?」


「いや、なんも。

 …奥村が繊細、やとぉ?
 なんやひっかかるわぁ。」




燐としえみたちのやり取りを
傍から見ていた京都組。
彼らの会話に納得できない
様子で言葉をこぼす。




「ってか若先生、
 奥村君に甘すぎちゃいます?

 なんか、今日の実験…
 全部先生が奥村君の分の
 実験やってますやん。」




そう言って志摩は、

「兄さん、次はこっちの薬品を
 3滴入れるんだよ。」

なんて燐に耳打ちしている
雪男に視線を送った。




なんか気にいらへんわぁー

なんて少し苛立ちを見せ、
すくっと立ちあがって、
燐の方へ近づいて行った。









「おっくむらくん!」



「おう、志摩。」



志摩が燐に話しかけると、
それはそれは不機嫌そうな目で
雪男が見てきた。



「志摩君。授業中ですよ。
 立ち歩かないでください。」



冷やかに教師としての
注意をする雪男に向かって、



「先生、奥村君ばっか
 相手にしすぎちゃいます?

 先生が相手するより、
 生徒同士が学び合った方が
 教育的にえぇと思いません?」




少し苛立ちを含んだ言い方で
志摩は雪男に言い放った。







しばしの無言。

流れる険悪な空気。













「ちょ…お前らさ…、」



そう言って仲介に入ろうと
燐が席を立とうとした瞬間。


ガンッという鈍い音。


足を机にぶつけてしまい、
作りかけの薬品を盛大に
こぼしてしまった。







「兄さん!!」







顔を真っ青にして、
すぐさま燐の顔、手、服を
チェックする。


「薬、かかってない?
 触ってないよね?
 大丈夫?兄さん?」





「雪男…うるせぇーよ。
 服にかかっただけだって。」



次から次へと
質問攻めしてくる
雪男に燐は呆れている半面、

皆の前だということに
少し恥じらいを感じていた。




「ほんとに服だけ?
 ちゃんと確認したいから、
 ちょっと保健室行こう?」



「いらねぇーって。
 ほんっと心配性だな、お前。」







「でも…あ!

 足もぶつけたよね?
 怪我してない?

 あざでも残ったら大変だ…
 やっぱり保健室行こう!」







「いいって、雪男。
 …大丈夫だから。」



目いっぱい優しい声で
燐は雪男を安心させようとした。





それを見て、
雪男に中に少し悪戯心が生まれ、



燐の耳元に寄り添って、
低いテノールボイスで一言。









「…兄さんに、

 何かあったら困るんだよ。」




















息が触れた。



おそらく燐にしか聞こえない、
でも燐の心をしっかり揺さぶる、
甘くて優しい、声。


きっと雪男のこんな声、
誰も聞いたことないだろう。








その瞬間。

まるで沸騰したかのように、
燐の顔は真っ赤になった。















「りんー?顔赤いよ??」





何事も無かったかのように
二人の世界に入り込んだのは、
しえみだった。





「ほんとだ!
 大変!兄さん!

 やっぱり薬がどこかに
 かかっていたのかも!

 害はないって言っても、
 兄さんは繊細だから。」



“繊細”の部分を強調して、
雪男はわざとらしく、
しえみの言葉に反応して見せた。



「え、大変!
 雪ちゃん、燐を助けなきゃ!」






「…熱が出てるのかも。

 …ねぇ、兄さん?」




そう言って雪男は、
にこっと笑って見せた。






「……ほ、けんしつ。」






赤くなった顔を見せまいと
顔を下向きにして、

燐は雪男のコートの裾を
ぎゅっと掴んだ。









「じゃあ、
 保健室行こうか。」









雪男の一言に、
今度はこくんと頷いた。

表情を見られないよう
顔をうつむき加減に。







雪男は燐を立たせて、
軽く背中を支えながら
教室の外へ出ていった。



出ていく瞬間に

「しばらく自習で。」

と言い残して。























何かこの兄弟には
共有する秘密があり、

そこに誰も立ち入ることは
できない。許されない。

志摩はそう直感した。




「俺、空気になったん
 生まれて初めてや。」





そう一言つぶやいた。

目の前の光景が、

まるで映画館で
一観客として上映を
見ているような気分に
させられた瞬間だった。







そんな志摩を、

「…お疲れさんです。」

「…それにしても、
 実験中に自習とか、
 そらないわぁ。」

と京都組がポンと肩に
手を置いて一言労った。

















「…ただのブラコンじゃない。

 バッカみたい。」


一連の流れを見ていた
出雲が一言呟いた。




「え??出雲ちゃん、
 ブラコンってなぁに?」


その一言にほわほわした
笑顔でしえみが尋ねてきた。













「もう…

 …このクラス、嫌ー!」





このクラスでは常識人が
苦労することを、
出雲は改めて思い知らされた。























**********

2200HITなたむ様へ捧ぐ
雪燐×甘甘×ギャグ
×塾の皆がいるのに

保健室では
もっと甘甘的な^q^笑

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