密かな誇り
□第四章〜幸福
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「じゃあなんで俺とヤるの!?」
立ち上がった俺は、智哉を見下ろして問いただした。
「それは……」
彼の目はせわしなく泳ぎ、やがてその視線は床に落ちる。
「本当は俺じゃなくても、誰でもよかったんだろ!?」
「ちがうよ!」
彼は焦ったように顔を上げて否定した。
「俺が淫乱だから? それを見越してセフレにしといて、精神的にはさっさと自立してほしいってか!!」
自虐を込めて口汚い表現を使う。
でないとその場に泣き崩れそうだった。
「そうじゃないよ! ただっ」
「ただ、なんだよ!?」
「……高校の頃がピークだったんじゃないかと思うから」
悲しげに潤んだ瞳が、俺に向けられる。
「親友だったあの頃が、俺が春海を幸せにできてたピークだった」
ガレキの山が崩れるように、俺の中の何かが崩落する。
それとともに、脳裏には次々とあの頃≠フ場面がよみがえった。
同じ制服。
同じ教科書。
同じ帰り道。
本当は、家の方向は違ったけれど、一緒に帰りたくて、家までおしかけて。
一緒に勉強して、遊んで、練習して、多少のスキンシップがあって。
―――俺が一番幸せだったのは―――
「やめろよ、んなわけ……」
否定する声が震えてしまう。
「俺といても、あの頃以上の幸せなんかないよ……」
「やめろ!」
眩暈がして、視界が暗闇に覆われかける。
俺は必死で足元を踏みしめて耐えた。
少しづつ光を取り戻した視界には、うつむいて、膝の上で拳を握りしめる彼の姿が映った。
「だからって、友達には戻れないのもわかったし」
智哉の涙声の告白が、俺の耳に届く。
「春海が淫乱だなんて思ってない。でも……」
「でも?」
俺は感情のこもらない声で、先を促した。
「俺なしじゃいられない体になればいい……と思って抱いてる……。俺から離れられないように……そう思ってる自分も、いるんだ」
「……」
「そんなんで春海のこと、ほんとに幸せにしてるっていえない」
「それで幸せだよ俺は」
「うそだよっ……そんなわけ……」
「俺以外の誰かとヤらないでくれりゃそれでいいよ!」
何が欲しい?と訊いたのは俺。
智哉はもう一度だけ俺を抱きたいと、正直に答えただけ。
その後も関係を続けたいと望んだのも俺。
生きててくれるだけでいいって、あの夜たしかに思ったのに。
すぐ忘れて贅沢になる。
……わがままになる。
ちゃんと嫉妬してほしい、なんて。
考えた俺がバカだったよ。
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