キリリク&記念小説

□ささいな野望(サイト8周年記念SS)
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「い、言ってない! コイツにも言えないくらい動揺してたんでっ」


勘のいい千景は、またも助け舟を出してくれた。

正に、動揺しまくっている俺はどう取り繕えばいいのかわからない。


なんてこった。

あの頃、俺が懸念していたのは「春海はどんな彼女≠ニ付き合ってるんだろう」ということだった。

まさか男に告られていたとは……しかも共学という環境下で!


「けどあいつ、可愛けりゃ誰でもいいってワケじゃないんだよ。他に男で好きになったって話聞かないし」


連れの男は、俺の動揺に輪をかけるような情報をくれた。

ありがた迷惑だな……


「と、当時はホントに冗談としか思えなくて……つか思いたくて。やっぱ失礼だったかな」 


春海が首の後ろをさすりながら、困惑を露わにする。


「無理ないよ。春海くんは生粋のノンケなんだろうし。でもあんま偏見持たないでやって欲しいんだ。現に俺と村井はフツーに友達だし」

「はい。ホントすいません! 村井先輩にも……」

「あはは。うん。伝えとくから」


そう言うと彼は手を振り、村井が消えた方向に戻っていった。

俺はフーッとひとつ大きく息を吐き、隣で千景が俺を見上げている気配を感じつつ、芝生を足先で掻いた。


「と、智哉……」

「どうりで……風呂から戻ってきた時、複雑な表情(かお)してんなーと思った」

「……」

「なんで言ってくんないの。大学の先輩に遭ったって」

「言うと、色々……昔のことも、言うことになるなーって。智哉に心配かけるかもなって……」

「心配かけなさいよ」


千景はクスリと笑って、小さくコクコクとうなずいた。


「笑うとこじゃないから」

「だってお前、なんでたまに母ちゃんみたいなの」

「お母さ……意識したことないけど、こういう言い方で抑えてる」

「え?」

「こんな、大っぴらに手も引っ張れないような場所じゃ」

「へ……?」


手を繋げない分、数歩後ろにいる千景の眼を見つめた。

ふたりきりになりたい。誰の目も気にしなくていい場所で。

黙って見つめ返す千景に、俺の願いは伝わっているだろうか……


「部屋、戻ろ」


それだけ言い捨て、返事を待たずに俺は早足で旅館に向かった。

途中で、ついてきてくれてなかったらどうしよう、と不安になり、ペースを落として背後をうかがう。

千景は5メートルくらい?間をあけてついてきていた。

あぁ、村井にさらわれてなくてよかった…… 

つか、さらわれてからじゃ遅いだろ!
だからでくの坊だって言われんだ!俺の馬鹿!!


「やっぱ千景、先を歩いて」

「えっ」


俺が急に振り返って頼むので、千景は驚いたのかピンと背すじを伸ばした。

「俺、ボディガードするから」と言いながら千景の後ろに回り込む。


「え、え? 要らねぇってそんなの……俺」

「いいから! さっさと歩いて!」


んだよぉ、とブーたれつつ、前を歩いて行く千景。

ごめんな。命令みたいな言い方して。

部屋に戻ったら、すぐ謝って優しく抱きしめよう。

そう思っていたのだが――

部屋の真ん中に綺麗にくっつけて敷かれた二組の布団を目にした途端、しばし身体が固まった。

慌てるな。

こう敷くのが決まりなんだ。それだけだ。

俺たちが恋人関係だなんて、仲居さんにバレてるわけない。


「風呂風呂ー! 内風呂どんな感じかなー」


千景が妙に急いで露天風呂に向かっていく。

その隙に俺は備品のティッシュケースと、自分の旅行カバンを枕元に移動させた。

ついでにカバンの中を確認する。

ローションとゴム、取り出しやすい位置にしとこ……


千景の目を気にして振り向くが、彼はとっくに脱ぎ散らかした浴衣を部屋に残し、風呂に浸かっていた。

真っ白な背中に、ただならぬ色気を感じてしまう。

――そういえば……

大浴場で、村井は劣情を抱えて千景の裸を見たんだろうか。

さっきの千景への態度は、下心が皆無とは到底思えなかった――


そこまで考え、自分の醜さに耐えきれず頭を振る。

正にそういう目で千景を見てるのは俺じゃないか。


千景が部屋にいる俺の方を振り向き、手招きしている。

続けて海の方を指差した。

俺は慌てて浴衣を脱ぎ、とりあえず邪念を捨てて彼の元へ急いだ。


「やっぱ景色、最高だよぉ」


ここへ来て、見るもの全てに感動しているような彼。

月明かりと星の光が夜の海に反射して、夕暮れとはまた違った趣きだ。

千景と肩を並べて、こんな絶景を眺められる幸福。


「ほんとだね」


千景に笑いかけながら同意すると、「来てよかったなぁ」とまた嬉しそうに笑う。

景色よりも、彼の顔から眼が離せない。


すかさず彼の唇にキスをした。

彼は眼を丸くして固まっている。

もう一度唇を重ねようとすると、彼は両手で俺の胸を押し返した。


「もー、ラブホじゃねんだからさぁ」

「……わかってるよそんなこと」

「えっ……」



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