キリリク&記念小説

□ささいな野望(サイト8周年記念SS)
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肯定してるのに、千景の表情はいまいち晴れない。


「それよりホラ、食事しよっ」


俺は気分を切り換えて夕食を促した。


「なんかさぁ。野球部の合宿、思い出すぅ」と千景は茶碗と箸を上げたまま、身体を揺らしてはしゃいだ。


「そうか……合宿以来か、旅館で食事なんて」

「だよ! 智哉とはそうだよ!」

「俺……以外の人とは、よく行く?」

「い、いや滅多に行かねぇ。大学の頃、サークルの仲間と行ったくらいかな」

「てことは、俺の知らない人ばっかだ」


千景はコクンとうなずき、少し間をとって告げた。


「智哉が同じ大学に行ってたら……旅行も、智哉と行ったよ」

「気遣いありがとう」

「ホントだって!」


必死に訴えかけてくる千景の様子に、抱きしめたい衝動が湧くが、眼をそらし苦笑いして耐えた。

俺と離れることで、色んな人と旅行したりして見聞を広められたからよかったんだよ――

そんな無神経な返答が頭に浮かび、慌てて喉の奥に押し込む。

当時、千景がどんな思いで大学生活を送っていたか……もう痛いほど解ってるはずじゃないか。


「ありがと。俺もだよ」


顔を上げてそう伝えると、千景はふわりと微笑んだ。

俺は幸せだよ、と言ってくれる時と同じ表情だったので安心した。

食事を終えてしばらくすると、仲居さんが片付けに来てくれて「お布団もすぐ敷きに伺いますね」と言い置いた。

お礼を言って、ふたりで散歩に出る。 

庭園を歩きながら、満天の星空を眺めた。

千景が目をキラキラさせて「星、めっちゃ綺麗!」と声を上げる。


「俺らの部屋からは、海も見えたよな」

「うん。部屋に戻ったら、海見ながら風呂入ろう」

「智哉はもう入ったんじゃん?」

「でも一緒じゃなかったから」


ふたりきりで入りたい、と小声で誘った。


「う、うん。せっかくだしなっ」


湯上がりのように頬を桃色に染め、千景は俺より少し前を歩く。

道の両脇に生い茂る木々が途切れ、芝生の広場に出たところで、背後から初めて聞く男の声が飛んできた。


「あれぇ? また会えた!」


振り向くと、男は二人組で。

そのうちの一人は、先ほど露天風呂で俺に話しかけてきた男だった。

「さっきはどうも……」と恐縮したように首をすくめる。

なんだか――ドラマを数分とばして観てしまったら、登場人物がキャラ変していたかのような違和感。

俺だけが部屋に帰った後、何があった……?


「春海! イケメン連れてんじゃーん。お前、面食いだったんだっ」

「村井っ」


俺にとって初対面の男の方は、村井というのか。

明らかに戸惑っている千景に、俺は「知り合い?」と尋ねた。

「大学んときの先輩。さっき風呂でも遭って」という答えが返ってきた。 


え? すでに風呂で遭ってて……

そのこと、なんで俺に言わないの?


「ごめんね、村井のヤツ、もう酒入ってるから……」


連れの男がフォローするも、村井は「だってショックだったんだもー」と口を尖らせる。

ショック……何が?


「ほんと村井先輩、冗談が過ぎますよ。勘弁して下さいって」

「とか言って結局さー、こんなイケメンと温泉来て……」

「こいつは親友ですから! 高校からの付き合いでっ」

「そうなのぉ? ……でも偶然ここで会えた俺らも縁あるじゃあん? 今度呑もうよっ」


そう言いながら千景にフラリと近づいて、肩を抱く村井。

ちょっと待て……!


「連絡先変わった?」

「い、いえ……まんまです」

「じゃ、東京戻ったら誘うなっ」


ちょっ、マジやめろ!

俺のなんだけど!って割り込みたい!

恋人が目の前で誘われてて、なんで引き裂いちゃいけないの!?

なんでこんな耐え忍んでんだよ俺!

せっぱ詰まって、自分でも予想外の言葉が零れ出た。


「そんときは俺も……連れて行ってください」


へ? と村井は目を丸くして俺を見る。


「俺も春海と一緒に行っていいすか」

「えっ……そ、それは」

「ダメなんすか? なんでですか」

「ダメってワケじゃ……え、えっと、うんわかった! 今度みんなで呑も!」


この慌てようは……やっぱり下心があっての誘いか。

千景から腕を解いた村井は、千鳥足で手を振りながら旅館の方へ帰って行った。


「ごめんねー。あいつ女にフラれたばっかでさ。気分転換に温泉に連れ出したらあのザマで」

「女?……じゃ、なんで……春海に、ショックだとか」

「うん、なんか大学ん時、春海くんのことは可愛いって思って、男だけど告ったって」

「!!」

「あれ、初耳?」


今度は連れの男が意外そうに目を見開いた。

親友なのに聞いてない? と言いたげに。


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