キリリク&記念小説
□ささいな野望(サイト8周年記念SS)
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「千景の裸を公衆の面前に晒したくない」
「バッ……バカだなぁ! 男同士なんだから誰も気にとめない……」
「とは限らない。お前のカラダは色っぽい。いやらしい目で見て来る野郎が一人でもいたら俺は耐えられない」
「そ、その一人はお前だろ!」
「とにかくそういうワケで大浴場はダメ!」
「……はぁい」
めずらしく聞き分けがいい。口を尖らせ伏し目がちだが、頬がピンク色に染まっていて機嫌が悪いようには見えない。
千景は座椅子にどっかりと座った。
そして何かに気づいたのか、あっ、と声をあげた。
「ん? 忘れ物?」
「……いや、ずっと一人で運転さしちゃって悪かったな」
「なんだ、そんなこと」
「途中、起こしてくれてよかったのに」
「眠ってくれてて全然いいよ。俺の運転が上手いから安心してるのかな、ってむしろ自信持てたし」
キスするタイミングばっかうかがってたし、とは言わない。
「うん……お前、上手いのな」
穏やかな笑みを浮かべ、めずらしく褒めてくれる。
なのに俺ときたら。
「へ、何が?」
「だから、運転」
「だけ?」
「……メシ作るのも上手い。ボクシングも、野球も」
「あとは? あとは?」
「……」
エッチは? と単刀直入に訊こうとした矢先。
千景はスックと立ち上がり「大浴場行ってくる!」と宣言した。
下ネタに繋げようとしたのを悟られた。この子ダヌキ、大浴場に逃げようとしてる!
「ま、待って! 俺も……」
「行くんなら、スケベ心は隠せよ!」
「わかったから、待って待って!」
急いで支度をし、千景の後に続いて部屋を出る。
脱衣所でも素早く裸になる千景に対し、邪念を抱く余裕も制止をかける間も無い。天気がいいためか、屋内の大浴場ではなく岩に囲まれた露天風呂を目指す千景。
湯気に紛れて、完全に彼の姿を見失ってしまった。
どこに隠れてんだよ千景ー……と思いながら、とりあえず湯に浸かる。
しばらくして、離れて浸かっていた同年代と思わしき男が、スススッと俺の隣に移動してきた。
「いきなりで申し訳ないけど」
「はい?」
「あなたさ、ボクシングの柚木選手に似てるって言われない?」
「えっ! 別に……マ、マニアックだなそれ」
「マニアックかなぁ? あ、やっぱ正面から見ると激似!」
「そんなに似てますか……」
俺は困り果て、顔を背けた。
「だってボクシング界きってのイケメンて、よく話題になるよ! あっ、もしや本人!? でしょ!?」
「あ、あの……」
面倒だから認めてしまおうか、とあきらめかけたその時、左隣から恋人の声が。
「まぁた言われてるぅ! そうなんすよ、こいつ、よく間違われるんすよ柚木に」
「えっ、違うの!? は、はずかしっ! ……でもよく似てるね!」
「もう、柚木がチャンピオンでいるうちに、そっくりさん番組にでも応募しようかっ」
ね? と俺の顔を覗き込み、いたずら小僧のような笑顔を向ける恋人。
男が離れていく気配を背中で感じながら、恋人に礼を言った。
「ありがとう……」
「ふふふっ、やっぱ言われたなー」
俺の肩を二度叩き、千景は天を仰いで顔を両手で拭った。
「どこに隠れてたの……」
「そこの岩の裏側よ。驚かそうと思って待ってた」
明るく自然に、俺の友達として振る舞う、どこか繊細な笑顔。
なんだかいたたまれなくなった。
このまま俺がここにいたら、また千景に芝居させる破目になるかもしれない……
「俺……先に戻ってる」
「え? 智……」
千景が公共の風呂に逃れるのはいい。
シンプルに逃してやるべきだった。
俺と二人きりで部屋に居る方が、ある意味危険を伴うのだ。
彼の裸を他の野郎の目に晒したくないなんて、単なる俺のわがまま。
浴衣を纏って、俺だけ部屋に直帰する。
備え付けの露天風呂に浸かり、気持ちを落ち着かせた。
短い入浴を終えると、仲居さんが「○時にお食事の用意に伺います」と前もって説明してくれた時刻が迫っている。
ほどなくして二人の仲居さんが現れ、手際よく用意をしてくれた。
彼女たちと入れ替わるように、部屋に戻ってきた千景。
「智哉、部屋の風呂入ったの?」
「うん」
「ちゃんとあったまったか?」
「……うん」
千景の問いかけ方が可愛くて、思わず笑みが零れる。
卓を囲んで向かいに座った千景は、うつむきがちな姿勢で呟いた。
「さっきの、どっちがよかったんだろ……」
「え?」
「本人ですって認めちゃうのと、似てるだけです、って誤魔化すのと。智哉、ほんとはどうしたかった?」
「……そん時によるよ。あの人、悪い人じゃないと思うけど、今日は千景がああゆう対応してくれて助かった」
「ほんとに?」
「ほんと」
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