聖域は語る
□第二章
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俺は過去の忌々しい出来事を思い出していた。
もう、三年近く前になるのか……
隣県の海辺。車の通れない、細く長いトンネル。
智哉が『禁忌』を犯すことで免れた、最悪の事態。
あの……角田(かくた)は今、どうしてるか知ってます……?
俺は、武田さんにそう訊きかけ、慌てて口をつぐんだ。
この会話の流れで、あの男の名を出すことは危険極まりない。
当時、世界挑戦を控えた智哉に暴行を加え、現行犯逮捕された角田。
小さく報道にも乗り、情報集めに奔走した武田さんも、聞けば思い出してくれる名前だ。
しかし角田がそれよりも前に、俺を強姦しようとした事実は知らない。
そして智哉が俺を救うために角田に拳を振るった、という事実も。
知っているのは、ほんの限られた人物だけだ。
そもそも武田さんは、角田の近況など知らない可能性のが高い。
気になりだすと、頭の片隅から離れない。
しかし不思議なもので、それからほどなくして俺は、最適な相手に相談する機会を得ることになる――
智哉の防衛戦まで、あと半月と迫った頃。
彼の先輩である阿波野(あわの)さんが、世界バンタム級王座を防衛した。もう六度目だ。
俺はその興行の記事制作には関われなかったが、祝勝メールを阿波野さんに送った。
すると間もなく、次のような文面のメールが返ってきた。
『ありがとう。春海の仕事が一段落したら、メシでも行かない?』
光栄この上ない誘いに、俺は即座に返信メールを打った。
『行きましょう! ○日が校了なんで、その後にでも』
彼としか話せない話もありそうで、俺は期待に胸を弾ませる。
阿波野さんは「角田」と同郷で、しかも現行犯逮捕劇に一枚噛んだ人物だ。
俺は例の質問を彼に投げかけてみようという気になっていた。
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