聖域は語る

□最終章
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「キミに男を狂わす何かがあるのかねぇ……」


無反応な俺を見て、失敬、と中年刑事はすぐに謝った。

何故そんなことを思う?

もしや――楢山とのいきさつまで知っていて?

俺は無表情を心がけ、一点を見つめた。


「邪推だった。気にしないで」

「……柚木を巻き込んで悪かったと思ってます。あいつは本当にいい友人なんです」


この際、俺のことはどう思われようと構わない。

長い間智哉を矢面に立たせておいて、のうのうと生活していたのは事実だし。

いっそのこと、男に色目を使って自ら墓穴を掘るタイプだと思われても。

その分、智哉に対する警察の関心が薄まるのなら――


刑事は引き続き、俺や智哉に関して質問を幾つもぶつけた。

だが暴力団に繋がる線が見当たらないと判ると、そそくさと引き上げて行った。

また何か聞かせて欲しいことが出てきたらお願いします、と言い残して。


警察と関わるってのは、あんま気持ちいいもんじゃねぇなぁと思いつつ――

あ、俺もマスコミの人間だから、実はいろんな人に嫌がられてっかもなぁ。

そういう点では同じ穴のムジナかぁ……という思いがよぎった。


事情聴取の翌日。

順調に傷は癒えて来ていると医師に診断され、両親は一時実家へ戻った。

午後になって、田所が「母校の仲間を代表して」と言って見舞いにやってきた。


「新聞とか読めてたか? 試合の次の日の新聞、いちお持ってきたー」

「スマフォでなら読めてたけど……ありがと。紙の新聞いいよな」

「だろ?好きにスクラップできるしー。お前に全部やる!」


田所が差し出した一般紙やスポーツ新聞の束。

俺は礼を言って受け取り、さっそく中を開いた。


俺が刺される直前の、リング上で笑顔を見せる智哉。

その後テレビに出てインタビューを受けているなか、不意に涙ぐんでしまう智哉。

彼のそんな違い過ぎる表情を対比させて掲載した新聞が複数あった。

まず智哉が涙を堪えている図なんて、人前で見せたのは初めてだろう。

普段は一人で、なんでもこなせる智哉なのに――


『大切な友人の安否を気遣う、心優しい新王者』と記事に挟み込まれた一文。

その友人――すなわち俺が、一命をとり留めた事実も併せて報じられている紙面に、目を落としながら突っ込んだ。


「友人じゃねぇわ」


すると傍らで田所がケラケラ笑う。


「お前それ、マスコミに向けてぶつけたらどう?」

「それは……時期尚早」

「ひゃひゃっ、小心者め」


俺は新聞のうち一紙を丸めて田所をぶったたく。

――つもりが、長さが足りず空振りした。


「しっかし柚木のやつ、わかりやすいなー。あいつを泣かせられんの春海だけじゃねぇの?」

「……たぶんね」


のろける俺に、今度は田所が新聞を丸めて襲いかかるフリをした。

だがすぐに「なぁんて」と言って元の姿勢に戻る。


「つい普段のクセが出ちまう。面会許されるだけでも感謝しなきゃなのにな」

「田所なら、傷口開いても大丈夫ぅ」

「へ?」

「すぐ先生呼んでくれるし、信じてるからー」

「うわー、信用されてんな俺」


大笑いはできないけど、二人で笑って。

傷の治りが早くなる気がした。


俺は病室に一人きりになってから、あらためて智哉に関する記事を熟読した。

インタビューを無理して受けている智哉の胸中を思い、自分も苦しくなる。

個室のドアがノックされた。


「はいっ」


返事をし、念のため目元をティッシュで拭きまくる。

開いたドアからまず現れたのは、大きな花束。

それを抱える――――俺の恋人。


「あっ、と、……ともやっ」


胸の辺りがいっぱいになって、うまく言葉が出ない。

まるで何ヵ月も会っていないかのように感じた。

右まぶたの腫れは引き、青い痣に変わっている。

痣があっても普段着でもかっこいいなぁ、などと呑気な感想が浮かんだ。


「なんか、花屋さんが本数増やしてくれちゃった。サービスですって」


戸惑うような微笑を浮かべて、恋人は口を開いた。

バサバサと音を立てて、俺の腕に抱えられる、何十本もの淡い色をした花。


「あ、ありがとう……んーっ、いい匂い!」


むせかえるような花々の匂いに包まれ、思わず笑みが零れる。

智哉に視線を戻すと、彼は泣きそうな表情をしていた。


「こんな目に合わせて……ごめん」


俺に頭を下げる恋人。


「智哉のせいじゃねぇよぉ」

「もっと、もっと警戒するべきだった。角田が会場に来るかもって、一瞬でも考えなかった自分が情けない」

「考えねぇって。当の俺だって完璧予想外よ? 楢山が負けたんだし、角田からしたら好都合のはずだろ」

「……」

「あ、でも……」

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