聖域は語る

□第六章
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俺は智哉の肩に額を押しつけ、涙を零れるままにした。


「そうかもしれない……きっと、智哉を介さないで楢山と出逢ったとしても……俺はヤツに関心を持ったんだ……」


記者として、男として……

いろんな立場の俺が、こぞって楢山を知りたがる――

何よりも智哉が大切で、全力で味方したいのは山々なのに。


楢山から漂ってくる孤独≠ヘ……

俺の奥底に巣食う孤独の記憶≠呼び覚ました。

ほっとけなかった理由。

俺も智哉も経験した孤独≠ニ似たものを、ヤツのなかに見たのかもしれない。



『独りで頑張らなきゃと思って、ここへ来ました』

『つらかった。野球には想い出が多すぎて』


東京でボクシングを見つけた智哉は、そう言葉にしたという。

人づてに伝え聞いたとはいえ、彼の本音であるのは疑いようがない。


俺も同じだったから……

家族も、高校時代の仲間も、大学の友達も、近くにいたのに。

どうしようもなく孤独だった――

智哉の不在が俺にとって最大の孤独だと、気づくための四年を過ごしたんだ。


今、すぐ眼前に智哉がいる。

あの四年間を思えば、なんて幸福なんだろう。

なのに智哉のことだけ考える日々を送れない。

俺が俺に、それを赦さない――


俺は智哉が肩に掛けているタオルを握りしめ、吐き出した。


「知ってるか? やっぱり楢山は一時、富士澤会長に飼い殺しにされてた。今でも険悪なくらい不仲で……そんな師弟関係を目にしたの、この世界を取材するようになって初めてだよ……」


どうしても涙声になってしまう。

智哉にどう受け取られるのか気が気じゃなかったが、告白は止められなかった。


「あいつは人に対する情みたいなもんを、どっかに落としてきちまったように見える。ヤツを気にかけてくれる人間は周囲に沢山いるのに……」

「そういう千景の情の厚さにつけ込んで、関係持とうとする楢山が許せないんだ」

「!」


智哉は俺に背を向けた。

俺は彼に要らない情報≠ブッ込んじまったことに気づかされ、慌てて呼び止めた。


「智哉っ。い……今言ったこと忘れてくれ。お前は楢山に勝つことさえ考えて……」

「言われなくてもそのつもりだから。楢山に限らず、対戦相手のバックグラウンドなんか気にかけてたら闘えないよ」

「……そ、そうか……」


智哉は今まで三十人近くのプロと、リングで拳を交えてきている。

その中には国籍さえ違う者も、過酷な事情を背負って向かってきた者もいた。

彼は至極当然のことを言ったまでだ。


「だよな……わりぃ。せっかく記者の俺を立ててくれたってのに」

「……早く風呂入れよ」

「う、うん」


智哉は振り返りもせず、素っ気なく言い捨てて部屋へ戻って行く。

しかし俺が入浴を終えて出て来ると、脱衣スペースのすぐ目につく所に綺麗なバスタオルとバスローブが置かれていた。


智哉――

お前はやっぱ、優しい。



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