聖域は語る
□第五章
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楢山の会見の模様は、当日夕方以降のスポーツニュースで流れた。
やはり柚木との対戦しか頭にない≠ニいう因縁めいた発言がクローズアップされていて、それに伴い柚木陣営のコメントも紹介された。
『ファンの期待を裏切る試合をしてしまった柚木に、こんなに早く世界再挑戦のチャンスを与えようとしてくださり、楢山陣営には非常に感謝している。是非タイトルマッチを実現させたい』
当然のごとく――引退など、かけらも匂わせないコメントだ。
実際、智哉が引退の申し出を思いとどまった可能性もある。
申し出ていた場合は、高橋ジムが極秘にしている状況と見ていい。
密かにホッとしていた。
智哉を独占できない事実よりも、彼の人生を変えてしまうことによってのしかかる責任の重さに耐え切れない。
俺は心のどこかで、智哉はボクシングを捨てられないと思っていたんだ。
どんなに俺が嘆こうと寂しがろうと、それだけはできないと――
にもかかわらず俺は、自分の奥底にある心情を吐き出さずにいられないところまできていた。
限界……だったのだ。
その日の深夜――
「ごめんっ」
俺が帰宅するなり、智哉は深々と頭を下げた。
「な、なにが……?」
「引退したいってことは言ったんだよ。でも安西さんに、理由はなんだ!って訊かれて……俺つい黙っちゃって、そしたら考え直せって……」
「……仕方ねぇよ。無理難題を突きつけた俺が悪いんだ」
ごめん、と俺があやまり返すと、智哉は困ったような表情で首を横に振った。
「多少時間がかかっても、承諾してもらうからっ」
「……智哉。もう……」
「千景、疲れただろ? 風呂沸いてるよ。あ、腹減ってる?」
「……ううん」
「じゃ、風呂……一緒に入ろうか?」
智哉はほんのり顔を染めて、照れたような笑顔で誘う。
俺は本能的にコクリとうなずいた。
話すべきことは沢山あるのに、それを全て呑みこんで。
原付での送迎を断れないのと同じ――俺のために生きようとしてくれる智哉を、もう少しの間だけ感じていたかったのだ。
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