聖域は語る

□第五章
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気がつくと楢山はテーブルにヒジをつき、口元に手をあててほくそ笑むような目線を――ある一点に向けていた。


「ねぇ? ……柚木の親友でもある記者さん」

「!」


思いもかけない口撃≠ノ、楢山の目線は明らかに俺に向けられていたのだと知る。

次の瞬間、前列にいた記者たちが一斉に振り返り、彼らの視線も俺に集中した。


「BOX通信さんは、中立とは程遠い人物をここへ寄越すんだもんなー。俺の話どんな気持ちで聞いてんの?」


記者会見でこんな質疑応答、前代未聞だ。

どうすればいいのか判断に迷った俺は、妙な間をつくってしまった後、口を開いた。


「どんな気持ち……、いや、柚木に肩入れして聞いてるつもりはないですが」


なんとか答えつつも心臓はドッコンドッコン鳴っている。


「嘘だぁー。君が一番、柚木のこと知ってんじゃん。あいつホントに俺とやりたいって言ってる? 実は避けてない?」


気になるんだよ俺の方はガチでー、と身をよじらせて、屈託ないキャラを演じる楢山。


「知りませんよ。同窓生だからって何でも知ってるとは限らない。それに今日は貴方の会見じゃないですか! 貴方こそ誰が初防衛戦の相手に決まっても、いい試合するって気持ちはあるんですか?」


俺はなんとか普通の会見に戻すつもりで反論した。内心もう何が正しい反応なのかわからなかったが。


「……柚木が首洗って待ってろ、って言ったんだよ? 温厚なフリしてとんだヤンチャ坊主だよ。あの底知れなさに俺は惚れてんの。柚木とやることしか考えてないから俺は!」


楢山がマスコミを利用する気満々なのは覚悟していた。だがここまで好き放題ぶちかますとは……

俺は思わず富士澤会長の方へ目をやった。

会長は先程とは打って変わり、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて沈黙している。


「じゃ、楢山はこの後も予定がありますんで、この辺でよろしいですか」


会長の隣にいた富士澤ジムのスタッフが、冷静にカットインしてきて会見を終わらせてしまった。



「至急、柚木選手のコメントとって。ダメなら側近の誰かの」


俺の隣にいた取材陣の一人が携帯を耳にあてて言った言葉に、心臓が跳ね上がる。


「いいなぁ君、ジムを通さずに柚木選手に色々と訊けるんだ?」


反対隣にいた記者に羨ましがられ、慌てて「この分じゃ、忙しくなって俺の電話になんか出てくれませんよ」と苦笑を混じえて否定した。

俺は内心、ビビりまくっていた。

ちょっとコメントがとりたい、という心づもりで智哉のジムへ問い合わせたのに、突如引退宣言が飛び出したら――

確実に騒ぎになる。

俺が智哉を独占するなんて、大それたことだと改めて感じた。


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