密かな誇り

□第五章〜奇蹟
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明くる日の午後。


俺は母校である高校の正門前に立っていた。


ここを訪れたのは、七年ぶり。

卒業式の日以来だ。


あの日も――

今日のような、雨が降りそうなどんよりとした曇り空だった。


今日、目の前にそびえる校舎からは、なんの音も漏れ聞こえてはこない。

グラウンドで活動している運動部もなさそうだ。


健全な『OBの母校訪問』であれば、職員室に事前に挨拶でもして、堂々と正門をくぐることができるだろう。

でも勿論そんなわけにはいかない。


俺はフェンスに沿って校舎の裏側にまわり、野球部専用グラウンドを目指す。

確か……それを囲うフェンスに、校外から入れるドアが付いていたはず。

在校当時から鍵が壊れていたが、かえって便利だからと、皆で知らんぷりをしていた。



金網の向こうに広がるグラウンドを一望できる場所に着く。

例のドアノブをひねってみると、それは難なく開いてしまった。


向かって右手にはホームベースがあり、そこから伸びている三塁線に歩を進める。

その線の内側に入るには、帽子を取って一礼するのが部則だ。

思わず深呼吸して一礼しかけ、慌ててやめた。

俺はわざと地面を蹴るように三塁線を乗り越え、グラウンドを早足で横切る。


最後なんだ。ここへ来るのは。


登校している者は僅かながら居るらしく、校舎への出入り口は開いていた。


靴箱。

廊下。

教室。

くまなく見てまわる。

屋上へ出るドアの鍵は、さすがに閉まっていた。


七年前と何も変わっていない。

恐ろしいほど何も。

まるで、ついこないだまで通学してたんだっけ?と錯覚するほどに。


何故こんな場所を指定したんだ俺は。

すえた匂いのするラブホ街にでも呼び出せばよかったじゃねぇか。


後悔を胸に、俺は三年生の教室に入った。

窓際の、後ろから三番目。

卒業式の朝、ぽっかりと空いていたんだ。

俺はその席と、自分の携帯を交互に見ては、「天然でく」からの連絡を待っていた――。


『柚木の親父さんが亡くなった。だから卒業式にも出られないと』

教室へ入ってきた担任の報告に、愕然とした。

式の後、俺は智哉の家にいち早く駆けつけ、彼に進路が別々になることを打ち明けられた。

それがイヤで泣いた俺を、彼は抱きしめてくれた。


これ以上、困らせてはいけない。

俺はありきたりな卒業の言葉≠かけて、彼の優しさに報いようとした。


『頑張ろう。お互い、頑張ろうな』


決して別れ別れになるつもりで言ったんじゃない。

進む道はちがっても、俺たちはずっと一緒だぞ

そういう意味を込めていたんだ。


なのに智哉。

『頑張ろうな……春海』

Kホールでお前が言ったあのセリフは、明らかに別れを意味していたんだよな……




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