密かな誇り

□第二章〜残像
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「邪魔したな」


玄関で靴を履きながら言う俺を、智哉は突っ立って見守っていた。


「気をつけて帰るんだよ」


申し訳なさそうな声色に乗せて、保護者じみた言葉をかけてくる。

俺は思わず笑ってしまった。


「うん、大丈夫だから……」


顔を上げてそう答えると、智哉は上半身を折り曲げてキスしようとする。

俺は彼の口を手で押さえて宣言した。


「元カノとキッパリ縁切って来れたら、いくらでもさせてやる」


智哉は伏し目がちになって、元の姿勢に戻った。


「縁切って来れないと思ってんのか?」

「相当手ごわいぞ。お前の元カノ」

「何がだよ。向こうだってヨリ戻す気なんかないと思うよ」

「健闘を祈るわ。じゃあな」


俺は片手を挙げて部屋を出ると、アパートの階段を下りた。



朝10時40分をまわる。

智哉が部屋を出てきた。

俺は、その様子を見上げられる位置に隠れて待っていた。


10メートル以上は距離をあけて後ろを歩く。

本人は全く気づかない。


よく行くファミレス。

高橋ジムのある通り。

最寄り駅……などを通過し、あまり俺は馴染みのない方面に、彼はずんずん歩を進めて行く。


そしてついに、ある喫茶店の中に入った。

俺は歩く速度を落とし、慎重にその店に近づく。

道路に面した窓際の席は、別人で埋められていた。

安心した俺は難なく入口まで辿り着き、ドアのガラス越しに店内の様子をうかがう。

奥の向かい合わせの二人席に、智哉の背中が見える。

彼と背中合わせで座れる空席あり。
しかも背もたれが厚いソファと、観葉植物がほどよい距離を開けてくれている。


────あの席ならイケる!

会話も聞こえる!



「いらっしゃいませ」


入口で挨拶したウェイトレスに促される前に、俺は目的の席に座ってしまった。

ウェイトレスは少し戸惑ったようだが、融通をきかせて普通に接客を続けてくれた。


「ご注文は?」

「コーヒー」

「ホットでよろしいですか?」


俺は黙ってうなずく。

最小限のやりとり。

しかも普段より声を低くすることを心がけて注文を終える。


席につくまでの間に、元カノの姿を少し見ることができた。

色白だが、可愛いのか疑問だ。

胸は結構あったな。


……瞬時に見るとこがそれかよ。

自分も男のはしくれだと痛感する。




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