連れて帰ろう
□連れて帰ろう
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「お前、身長いくつ?」
右斜め下から声がする。
俺に訊いてるのかな?と思って声のした方に顔を向けた。
少し上目遣いの丸い両目が俺を見据えていた。
タヌキ……しかも子ダヌキを連想させる。
「こらそこ! 勝手に喋ってんじゃねぇよ! 大事な話してんだからよ!」
今度は元々向いていた方から、野球部主将の叱咤の声。
「……すいません」
子ダヌキが口を若干とがらせ、主将に謝る。
その時の表情がちょっと可愛いな、と思って目を奪われた。
すると再び目が合ってドキリとしたが、彼に俺の心音が聞こえるはずもない。
ごめん、という意味でなのか、顔の前で手刀を小さく切っていた。
いいえ、という意味を込めて俺は会釈した。
高校の野球部に入部して、活動初日。
場所はグラウンド。
ひととおり自己紹介が済んだあと、主将が張り切って「新一年! うちの部は結構マジでいくからなぁ! 覚悟しとけぇ!」と最初が肝心とばかりにまくし立てていた。
初日は主将の話でつぶれちゃうのかなぁ、ちょっとそれはキツい、と思っていたら、ランニングを始めるようなのでホッとする。
なんとなく子ダヌキくんと並んで走る感じになり、先ほどの質問が脳裏によみがえった。
俺の身長は確か……あ、でも待てよ。
「わかんない」
「……あ?」
「身長。こないだの測定では177だったけど、また伸びたっぽいから」
嘘じゃない。
このところ両足の関節が痛かった。
中三で急速に身長が伸びた時と同じ痛みだったんだ。
子ダヌキくんは何故かすごく可笑しそうに噴き出した。
「なんで笑ってんの」
俺はそう訊いてから、しまった、と内心後悔する。
またこういう言い方をしてしまった。
疑問に思ったから訊いた、ただそれだけなのに、冷たいとか怖いとか、よく言われるんだ。昔から。
「ごめん、成長期なんだね」
笑いが混じったように声を震わせ、子ダヌキくんはそう言った。
……謝ることないよ。
怖い、ってドン引きされるより十倍マシだから。
でも初対面の子にそれを話すという選択肢は、当時の俺の中にはなかった。
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