聖域は語る
□第四章
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俺は地の果てまでも智哉についていくと誓ったものの――
心の隅で、楢山と智哉が闘わないまま時が過ぎるのを望んでいた。
互いの気が変わったでも、周囲が対戦を許さない(ホープの潰し合いを避けるため)でも、理由はなんでも構わない。
だいいち温厚な智哉が、嫉妬だけで相手を殴りたいと思い続けられるわけねぇじゃんか。
あいつは本来、穏やかで優しくて……
俺は智哉のそういう表情ばかりを思い出そうとした。
青白く射抜くような強い眼光が、サブリミナルのように脳裏に挟み込まれるのが気になるけれど……
智哉の再起戦の詳細が決定した。
対戦相手は韓国から招き、ライト級のリミットよりも少し重い63キロの契約ウェイトで行われる。
減量苦がわずかばかり軽そうなのが救いだった。
もうあと一ヶ月後に迫っている阿波野さんの防衛戦に、前座として登場するそうだ。
「ずいぶんと急ですよね」
「前売り券に名前を載せるのが間に合わないほどだからな」
ある日の昼時。
武田さんと出かけた会社近くの定食屋で、その話題になった。
「前の試合で2ラウンドしか闘ってないってんで、周囲の人からは大丈夫そうに見えてんのかな……」
「……えっ、ちがうのか!? 同居人から見たら!」
目を丸くして聞き返す武田さんに、俺は慌てて訂正した。
「い、いや……そうすね。あいつボーッとしてるけど、ジム行くとスイッチが入るんですかね。本人も早く実戦感覚を取り戻したいだろうし」
「家じゃボーッとしてるんだ。ハハ貴重な情報」
「……ど、どこが貴重なんすか……」
俺は若干しどろもどろになり、傍らの日本茶に口をつけてごまかす。
「柚木は高校まで野球やってたんだってな」
武田さんはしょうが焼き定食を食いながら何故かそんなことを言い出した。
「はい。……あ、俺が話したんでしたっけ?」
「いや、柚木に直接聞いたんだ。単独でインタビューすることが増えた頃な」
「そ、そうでしたか」
「あれ、そういや春海も野球部出身だったよな?」
俺がうなずくと、武田さんはアー……とつぶやき、しばし黙った。
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