聖域は語る
□第一章
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『お前が同じ屋根の下にいたら、試合が近くてヤっちゃいけない時期でも絶対ブレーキが効かなくなるから……』
智哉(ともや)は俺に今すぐ一緒に暮らせない理由≠、そう説明したはずだった。
なのに…………
ある晴れた日。
智哉の部屋で、ふたりで朝メシを食っていた時のことだ。
「一緒に暮らせるとこ、探そう」
恋人からの突然の提案。
俺はサラダをつついていた手を止めた。
斜め横で一緒にテーブルを囲んでいる彼の眼差しは真剣だ。
心臓が跳ねる。
もちろん智哉は現役ボクサーで、世界チャンピオンの座を明け渡してもいない。
どういう風の吹き回しだ?
……嬉しいけどさ。
俺は高鳴る鼓動を悟られぬよう、無表情で問い返した。
「どうしたの、急に」
「俺、引退なんてずっと先のこととしか考えられないし。そうなると、千景(ちかげ)と暮らせるのもいつになるかわかんない。なんか気が遠くなってさ」
「ふぅん……」
「今、流行ってる……なんとかルーム……っての? あれなら誰にも怪しまれないと思うし」
「……ルームシェアのこと?」
「そうそれ! ルームシェアー!」
「ルームシェアも言えねぇのかジジィ」
「俺はまだ26だよ!」
「知ってるよバァカ!!」
俺に罵倒され、智哉は口を尖らせ沈黙した。
笑いたいのを堪え、俺は再びサラダを口に運ぶ。
「なぁ、一緒に棲もうよ……千景」
俺の視界に入ろうと、首を傾げてねだる智哉。
そんな彼に愛おしさを募らせつつ、俺は諭すように言った。
「今も半同棲みてぇなもんだろ? こうして一緒に朝メシ食ってさ」
「それも二週間ぶりじゃんか! もっと一緒にいたい!」
「……」
嬉しい。
ありがとう≠チて言って抱きつきたい。
でも……。
もっとゆっくり、いろいろ考えなきゃいけねぇ気がする。
俺たちをとりまく環境とか、互いの事情とか。
「智哉」
俺は食事の手を止め、あらためて智哉に向き合う姿勢をとった。
彼もまっすぐ俺の目を見て、次に出てくる言葉を待ってくれる。
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