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□断片
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酔っ払い

私が見つけた頃には時すでに遅く、お酒を飲み過ぎたのか。
彼はすっかり出来上がっていて上機嫌で村の人々と談笑していた。

いや、正しくは村の娘さん達に囲まれて、彼はいつもより三割増しの胡散臭い笑顔を浮かべて話しに花をさかせていた。

「大佐、はめを外すのも、ほどほどになさってください」

村人との会話が終わった頃を見計らい、彼の横に座った私に気づいたのか、
「美味いな。ここの酒は……得に香りがいいのが気に入った。味は……最初だけでいいかな。そのうち判らなくなるから」

彼は悪びれることもなく、コップに入ったブドウ酒を飲みながらうっすらと頬を朱に染め、満面の笑みを浮かべて言う。

私はその魅力的な笑顔を見てお酒が入り過ぎていると、嘆息した。

「大佐。どうぞ」

そんな彼に私は新しいコップを渡す。

「ん?ありがとう、中尉。しかし……なんだか水のようだな」
「お酒の味が判らないんですか大佐、飲み過ぎなんですよ。しっかりしてください」

「そうか……すまん」

彼は受け取ったコップを口に運び、とろんとした目をしながら素直に頷く。

本当は彼の意見は正しく、私は水を渡しているのだ。だってこれ以上飲ませる訳に行かないでしょう。彼はどうして深酒してしまうのかと、お酒にとくに弱い訳ではないのにね。
彼の周りにはブドウ酒の瓶が何本も転がっていた。

いい加減、限度を知って欲しい。でも仕方ないわね。
一時の息抜きもないと……。


「さぁ、帰りますよ。大佐」
私は酔い醒ましになるように彼に酒だと言い含めて、何杯か水を飲ませてから声をかけた。

「ん……判ったよ。中尉」

彼が意外にしっかりとした足どりで歩いてくれるのに、私はほっとする。このひとは酔っていても側からは、それと判らないのよね。


村の方々とはご馳走になったお礼を述べながら別れた。いい村だった。皆が笑顔で支え合って暮らしている。
私達の進む道のりが苦難の道であっても、人々の平安を守れるなら無駄じゃないと、最後まで手を振りながら別れを告げる少女に、私は手を振り返しながらそう想った。

彼がこのまま何処に行ってしまうと困るので、コートを掴んで寄り添いながら帰路につく。駅まで僅かな距離だし、よい酔い醒ましになるかと考えていた。

***

平坦な道のりを歩き続け、目指す駅が近くなった頃だった。
彼は肩を貸し支えている私に急にぐらりと、もたれかかってきた。
ついに独りで歩けない程に足にきているのか、と舌打ちしながら、私は寄り掛かる重みを支えきれずに倒れてしまい、私達二人は道端に座り込んでいた。

「大佐、大丈夫ですか。怪我しませんでしたか?」

大したことは無いと、おもいはしたがそれでも確認の為、黙ったままの彼に声をかけた所、腰に手を回されて、引き寄せられる。

「大佐っ……」
何故だろう、私の胸の動悸が速くなる。

そう、すぐ目の前に彼がいるだけなのに、それだけのことに心が酷くざわつく。
顔が熱くなる。

何故だろう。
理由はひとつしかない、相手が彼だから、他のひとには抱いていない想いを私は彼に対して持っている。
だから些細なことで動揺してしまう。

全くどうしてこんなに安々と心が掻き乱されるのだろう。
平静を保てやしない。


「うむ。少し固いな……」

白昼夢でも見て彼は寝ぼけているのだろうか。ぽつりとつぶやく。

「大佐……私は仮眠室の枕ではないんですよ……」

私はため息に似た抗議の声を上げながら、彼に抱き寄せられたまま動けそうにない。嫌悪感は抱かなかったけど、私の顔にかかる彼の吐息にアルコールが混じっている。
この酔っ払いめ。

彼は酔っているだけなのだ。得に考えがあっての行為ではないとおもうと、何だか腹が立ってきた。
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