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□2021 ロイアイ140字
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白と黒の万年筆を前にして、どちらが良いかしらと悩む私に「こっちの方が書きやすいぞ」専門店で偶然出会った大佐は親切に機能性から値段まで助言してくれるけれど「…困ります」「失礼、それにしても贈答品かい?」君にしては珍しいと言われても。お祝いの気持ちを形に残したかったとは言えなくて。
/万年筆


『これは?』『先日、インクを切らしたと仰っていたので…』昨日のやり取りを思い出しながら書き心地の良い真新しい万年筆で書き物をする休日。窓からの春風が暖かい。祝いの品だと素直に言わないまま彼女は仕事に戻ってしまったけれど「私への品か…」相手は誰だと問うのを我慢して正解だったな。
/万年筆


君の真っ直ぐに背筋を伸ばす姿勢は尾を立てる猫のように見える。そのまま尻尾を擦り寄せてはこないけれど「おっ?」「痛っ!」「あ、すまない。大丈夫か」不意に立ち止まった背中に鼻先をぶつけた部下の頬を触れば、伏し目がちな目元と白い肌が赤く染まっていく。甘い吐息が聞こえてきそうなくらいに。
/姿勢


姿勢よく歩く姿に見劣りしないようにと背伸びをして歩く。肩幅の広さや身体の厚みは男性のそれで、私には真似ることは出来ないけれど「大丈夫か?」「…はい」背中に気をとられてぶつかるなんて。申し訳ないと言いかけて、頬に触れる手と視線に身動き出来なくなる。意識しても仕方のないことなのに。
/姿勢


昔、ある男は言った。錬金術師は考えることをやめられないと。思考し証明するまで歩みを止めぬのが性なのだから、善きにしろ、そうでないにしろ。己れの行いの結果に責任を持とうと決めたのは…「若気の至りか…」どちらも捨てされずに生きる私は、今はただ想い人を守ることの赦しだけを求めていた。切に
/昔


昔、一人の男に会った。彼はまだ若く世間を知らなかったけれど。それ以上に何も分かっていない私は、重い荷を渡してしまう「善い行いだと信じていたのかしら…ね」過去には戻れないのだから、今さら何をと前を向いて背中を追いかけている。いまだに捨てきれない死なないでという願いだけを胸に抱いて。
/昔
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