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□林檎と嘘
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「さすがに覚えていないか…」いや、記憶力のよいひとだからと、日課になった菓子を焼く作業を手伝う時に彼女に尋ねてみた。「焦げたアップルパイですか?」「君が初めてだと泣いて、私が失敗も勉強だと励まして…ほら、薔薇の庭の後じゃなかったか?」彼女が思い出す手助けになればと願う「それは…」


「…覚えてません」ひとには覚えているか、と言うくせに自身の記憶には蓋をする姿につい「そうか、つまらないことを聞いて悪かった。失敗談など記憶に残したくもないか」始めから無かったことにしたいのだろうと決め付ける言葉を放っていた。あれは拒絶されるような雰囲気になる話題では無いはずなのに。


「喋らないなら致し方ない。私も君に倣うことにするよ」「誤解です」「では話をしよう」「それは…今は過去を振り返る時間などないですから」二人の間にある温度差だろうか。私が掘り起こし君が埋め戻すような…背を向けたまま生地を捏ねる背後に近づき声をかけるつもりが腕の中に彼女を閉じ込めていた。


「一緒に焼き菓子を食べないか」「たいさ?」「話がしたい訳じゃない、黙って食べるだけだ」上官でもそのくらいは許して貰えないだろうか。私が強いて言えば君は断れないのだから「今日だけなら」「よし、では早く焼こう」「急には…もう少しお時間頂けますか?」期待しないで下さいと苦笑されてしまう。


「それに…少し離れて下さい」然したる抵抗も見せないので、良いかと思って密着していたが人目に付くからと私から彼女は離れてしまう。誰の目に付くんだ。錬成実験中だと人払いをした上に秘密裏に焼き菓子を作る為にと考えて周囲から見つからないような場所を選んでいる。照れ屋な君が相手だと苦労する。


手を洗い焼き菓子を摘まむ「独り言ですけど」「ん?」「女の子はたくさん勉強したそうですよ」「そのようだな」やっとの思いでありつけたソレを味わいながら。昔より旨くなったと言えば「大佐は嘘がお上手になりました」と珍しく彼女からも反応が返ってくる。余り嬉しくもないが…嘘も方便というのに。


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