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□140字 9(ロイアイ記念企画)
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『手取り足取り、月夜、冗談』

店を出ると外は月夜だった。財布をだした私以外はすっかり酔っ払い、ブレダはスカーフにくるんだハヤテ号に頬擦りをしている。「後は任せたぞ。フュリー」シメには麺類を食べるんだと騒ぐハボック達を見送ると、「さて、私達も帰るとするか」私はぼんやりとした表情で壁に寄りかかる彼女に声をかけた。

「すみません、わざわざ送っていただいて…」「いつも送迎されてばかりじゃつまらんと思っていたから、たまにはな」「私は護衛ですから」「プライベートは違うだろう?」「…」「ジョークだよ」軽口に椅子に腰掛けた彼女が身を固くするのが気配で判る。酔いが醒めれば部下に戻ってしまうのだろうか――

「遅くなってしまったが君の祝いも終わった。ああ、ハヤテ号はフュリーが責任をもって預かってくれるらしい」「はい」「それから…君が寝てしまったのでお預けになったアレも貰ってきた」「はい?」寄りかかっていた壁から離れて卓上に置いたのは―「お相手をお願いしたままだろう?エリザベス」「!」

「約束しましたか…私」「まあ、ホークアイ中尉ならにべなく酒の席だといい放ちそうだが、彼女ならどうだろうね」含むように、エリザベスならば…と、鳶色の瞳に映る感情は彼女が瞼を閉じてしまい読み取れない。さっさと帰るべきなのだが、些か私も気分が高揚しているようで、会話を楽しみたいらしい。

「私は…ホークアイです」「うん」「ですから市井の女性のようには振る舞えません…これで宜しいでしょうか?」困ったような表情を浮かべているのは私の副官で、「大佐?」返事がないのを不審に感じたのか眉を寄せている。「私の副官だからか…そうだな。君は非常に優秀で羽目もはずさない」常に――


「生真面目さが取り柄の堅物で裏表がない性格、忠誠心、直感的、集中力、謙遜という美徳もあるか」「ちょっと言い過ぎです」君の昇進祝いなんだからいいじゃないか、と長所を数え上げていると。「大佐も酔ってらっしゃいますね」帰宅直後に勧めた水を飲んでいた彼女は、帰宅できるのかしらと呟きだした

興に乗った私は両の手で足らないくらい気に入りにしている事を並べたてるが、立ち話もあれだと椅子に座ってくれと言われて、酔いざましに砂糖抜きのグリンティーを出された。酔っ払いの戯言だとばかりに、はいはい、と流されムッとしたので、「ただ一つ…君には問題がある」失望していると言ってみた。

どうにもならぬことも代価に己の身一つ捧げればすむことだと未熟な青い想いを抱き、禁じられた境界を越えて…残されたのは砕かれた希望。無知だった人間への戒めに相応しい鎖は忘却を赦さず、凍てつく心を受け入れ罪を背に刻む。とくとくと流れ落ちるものはただの夢、余すことなく全て器から零れてゆく

あれほどに禁じていたのに―汚れているはずの手を早々と受け入れたのは、募る渇望故か?答えなどみだせぬまま、抱えている信念が時に脆く見え、歪む。望まぬ形に誰がしたのか、忘れはしないのに、殻を被る姿に失望感が沸き上がった。結論に達するにはまだ早い、頭を垂れ絶望に囚われたくはなかった―。

「何だと思う?」当たれば飴をあげようと言えば、呆れたような声でたしなめられた。「未熟者ですので、ご期待には添えないこともあります」「いや、大問題だから直した方がいい。ほら飴玉は君の好きなオレンジ味だ」「もう、飴をもらうほど子供じゃありません!」彼女は問題点に気がつかないようだ。


一から十まで知ったかぶりで話してみても、彼女の信念をいたずらに揺らすだけに過ぎない。年下の彼女はいつの間にか一人の女性になっていて、少女の頃のようには笑わない。ストローを手に茶でも煎れるように簡単な錬成陣を卓に記して…「はは、酔っ払いにはもっと、優しくしてくれないかな」「大佐?」

パキン――錬成痕を指先に残る余波でなで上げる。瞬きする間の一瞬も慣れれば造作のないものである。「飴の代わりに君の子犬へ」渋る彼女に昇進祝いだと押し付けた。「これでぬいぐるみには見えまい」飴細工の如く結びあげたのは子犬の首に似合いの小さな輪だ。無垢な命が彼女の支えになるように願う。 
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