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□140字 10赤鼻の彼
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シャンシャン、シャン…雪景色のリゼンブール。田舎町に響く鈴の音…クリスマスにサンタクロースは良い子の元へ…「お嬢さん…サンタさんですよ〜(赤鼻の)」「それは私の仕事だ!貴様はトナカイ!」「痛ぇ!後ろから不意打ちせんで下さいよ」「煩い、早く次の家に行くぞ!」「人使い荒いっスよ…」


「…で鼻が赤くなるまで働いてたんです」「まあ、大変ね」新しいサンタと誓約したのは正解だったかも。美人でボインなサンタの女は銀時計をしまうと、「分担して回りましょう、その方が効率的だし」「了解!」「ちょっと、帽子忘れてるわよ」お揃いの帽子に同じ金髪、薄青の目をした俺と鳶色の瞳の女。

「あんたとずーと、一緒に仕事したいな」「駄目よ」どうしてだろう?嫌われるような事はしていないはず…「あの人に頼まれているから」「マスタング・サンタに?」来年の人事でサンタは二人でソリに乗るらしい。「トナカイもいるのに」「効率的だからよ」女は微笑む。子供達の元へ贈り物を届ける為に…

「角さえ生えなかったら…」俺の生まれ故郷では皆がトナカイかサンタになる。サンタクロース学校に入る年頃にプレゼントをあげるか貰いたいか、で運命が変わるんだ…「あんたは後悔したことないの?」黒髪のサンタには馬鹿らしいと笑われそうな問いかけ。「私達の決めた事でしょう?」微笑が似合う女。

「子供じゃないんだもの」でも、俺は知っている。サンタが来ない家があるっていうことに…さすがに36時間ぶっ通しで星空を走るのはキツイ。「今日はここで休憩しましょう」チョモランマのてっぺんで昼食。「トマトサンドに林檎、後は飴玉っス」手作りの飯を美味しそうに食べてくれるあんたはいい女だ。

「あんたは子供の時にサンタに何を貰いました?」大事な質問をした。「私の家には…ううん…来なかったじゃなくて知らなかったの。ただ、それだけ…」サンタの魔法は存在を願って貰わないと発動しないらしい。「でも一回だけ来たの。不思議ね」そのイカレサンタにお供したトナカイは俺なんですけどね。

「父が亡くなった夜に泣いていたんだと思うの…朝にね。起きたらお墓にあげる白い花束と葬儀屋さんだって人達が現れていつの間にか全部終わっていたから」ぽつぽつと話をして、「貴方は?」「俺は流行りの玩具」辛気臭い話題を変えようと欲張り過ぎて怒られた事を話す。「サンタって魔法使いみたいね」

「お葬式の記憶が曖昧なんだけど…きっとサンタが来てくれたのよ」なんていうか。これで良かったのか?薔薇の花は父親からの贈り物みたいになってるし…もっと、サンタらしく女の子が欲しがる物を届けたかったんじゃないかな。サンタの記憶は時と共に消えちまう。彼女はもう贔屓の花屋を覚えてはいない

「学校をギリギリで出た時にはもう現役のサンタで…つーか。俺がトナカイになる前からサンタらしいッスよ」あの人がいつからサンタやってるかなんて判らないけど。サンタの階級じゃエリートクラスのくせに、トナカイ任せにしないで贈り物を辺境の地まで運んでいく…自分自身にも他人も厳しいひとだ。

あの人。もう百年以上は生きているらしいけれど…やれあの山は雪が減ったやトムの一族が代々吊るしている靴下が臭いとか多弁なようでいて、自分自身の事は何一つ話しやしない。耄碌して忘れちまったのかな?家族も死んじまって独りぼっちなのかも…トナカイと違ってサンタの寿命は驚くほど長くなる。


「なんだか不思議なひとよね。マスタングさんって…私あの人を昔から知ってるみたいな気持ちになることがあるのよ」「まあ、夢と希望で魔法をかけるサンタですからね」ビックリ人間だからと言葉を濁せば、そうね…疑うことを知らない彼女は素直に頷く。記憶の蓋にはしっかりと錠が下りているらしい。


彼女はマスタングサンタのことが気になるのか…身の上話を聞きながらザワザワと胸が騒ぐ。やっぱり年頃の女性だから、皆サンタに惹かれるんだろうな。トナカイには縁のない話だけどさ。トナカイを辞める方法もあるけど…俺はこの仕事に遣り甲斐を感じている。そうきっかけはあの人だったとしてもだ…。
 
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