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□140字 7(滑らない話を。)
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すべらない話。



ぷっちんを失い深く傷ついた私は独り北の地に来ていた――兎毛の帽子を深く被りコートの襟を立てる「ぷっちんの代わりに出会いを探すか…」「女遊びでスか?」うおっ!?「ハボックか?何故ここに中尉まで」「だって式典の祭日で三年振りの長期休暇なんすよ?」皆でぞろぞろ着いてくる理由にならんぞ!

「白ですか?」「うん、女性ものはこれらしい」彼女に揃いの帽子を誂えて一緒に歩く。被り物とマフラーでもこもこになった姿が愛らしい。「俺ももこもこが欲しいっス」「寒いよなー安物は」「でも、マフラーは温かいです」「輸入品より国産の毛皮が」「馬鹿!貴様らは魚の毛で十分だろう」「そんなっ」

「仕方ないわ。少尉、大佐の好意に皆で甘えてるんだもの」「我慢も限度があるし、十数年振りの寒波で寒いんですって!」「諦めろ、ハボ。靴下はもこもこだから」「防寒対策を怠るからだ。馬鹿者!」人一倍寒がりで現金な奴は、中尉のもこもこマフラーと安物の布を交換して貰い、大人しくなったようだ。


「あの、困ります」「女性が身体を冷やすのは毒だから」新しいボア付きのコートを理由をつけて贈る。何年か前のコートなどいい加減新調すればよいものを。「お前達、宿はあるのか?」「はい、大佐んところへ」馬鹿、頼り過ぎだろう!「駄目よ、少尉…私達は大部屋で雑魚寝でしょ?」「えーでも」何!?

「皆で固まれば温かいから…」「中尉の隣なら我慢します」いや、駄目だろう!?一夜を供にするなど許さんぞ!「夕食だけは豪華だから期待してね」「はい、刺激的な夜になりそうですね」くそっ「えっ、大佐。ご一緒していいんですか?高級ホテルでバカンス中にお邪魔する訳には…」君は警戒心無いのか?

「ピロシキとボルシチどっちが美味いかな〜」「両方頼んでおいた」「ブレダ、おまえ遠慮しろよ?あ、お姉ちゃん。俺ストレートでダブルみっつね!」居酒屋で遠慮なく飲む馬鹿を尻目に塩漬け肉を摘まむ。傷心の旅が台無しだな。「はあ…」「すみません。大佐、あの…私に出来る事があれば何なりと」ん?


「待ってください、たいさ…」「何でも言うことをきくといっただろう?」「でも、皆に内緒で…あっ…」「中尉?」ドサリと音がする。まさか…「こら、顔面から転ぶ奴がいるか」「すみません」担いでいた木橇を置いて覗き込むと頬が赤い…擦りむいたようだ。なだらかな丘の上までは後少しで到着するのに

「綺麗…」「オーロラだよ」彼女は黒い暗幕のような空にピカピカ光る星よりも、ゆらゆらと形を変える幻想に見とれているようで、「気に入ったかい?」「あ…はい」やはり独りより二人の方が…いや、喜ぶ顔が見たかったのかもしれない。千の言葉を並べてもプラズマが生み出す刹那的な現象には適わない。

「大丈夫だ、帰りはそりで一緒に下まで…」「遠慮します」何!?「防寒具でもこもこしてますし、橇は独り乗りですよ」「君を独り置いてはいけない」「帰り道に目印を付けてありますから大丈夫です」密着すれば大丈夫だろう…頑固なひとだな。「素直じゃないな」「何をいまさら…」澄ました顔が憎らしい


「待て中尉!」お先に、と歩き出した彼女を追いかけて二股の別れ道で追いついた。「ほら見ろ、橇を使う道なら一本道で…」「こっちです」「はっ月の無い夜に正確に判るのか?」夜行性でもあるまい…疑いの眼を向けると「そんなっ…目印があるんです」指差しの先に…先ほど出来た顔面型の窪みがあった。

左手で橇をガラガラと引きながら、右手を彼女の指に絡めて夜道を歩く。「明日は皆で見ませんか?」「ん?」ガラガラ「勿体なくて…皆も喜ぶと思うんです」ゴトンっ…橇の音が響く帰路。二人きりの雰囲気が台無しだ「君の好きにすればいいよ」「はい」ゴリゴリ…ああ、橇など運んで来なければよかった。

「星に手が届きそうです」「へ?」大人しく手を引かれ子供のようにちらちらと夜空を見上げる姿にほろ酔いなのでは、と気付いた。つれなく誘いを断るのは酔っていたからに違いない。ゴトンっ「中尉…」そっと襟足から金の髪を掻き上げ目の前で掌を開く。「あ、お星様…」本物の代わりに星形の金平糖を…

 
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