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□140字 4(四季〜)
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霜月


起床後。出勤前に白いワイシャツに着替えてさめざめと目に青く映る。おろしたての軍服に今日も袖を通す。糊のきいた襟首を正し、銀時計をこの身に帯びた。新しい錬成陣も忘れずに携える。短時間で身支度を終えて後、出掛けに黒い外套を纏う。それは、私が血糊を浴びるたびに繰り返される日常。


黒塗りの車両が停車している。寒風の中、副官が稟とした姿勢で佇む姿は大木に留まる猛禽類のように見えた。鳶色の瞳も翼も朱に染まりはしても、けして獲物を狙い飛び続けることを辞めはしない。それがいまを生きるその者の信念だと言うのだから。過去に生きるな、と言えるはずもない。


冷たい空気、冷えた部屋。床に転がったままの割れた花瓶の水が凍結していた。薄氷が溶けないのは、外も内も同じくらいの温度だからだろうか。建前に合わせて積み重ねた想いは本音を覆い隠す。硬く厚く、巌のような氷に成り果てる。いつか氷が溶けるように、この心が打ち解ける日は訪れるだろうか――


受け流せる程には軽くはないが伝わる程に確かな形に成ることも無い想い。始まりが何時かは思い出せない。今も冷えた心に残雪の如く蟠っているのは、大切にしていた証なのだろう。判っているのは、人並みの享受が出来ない事と昔とは違う形に成り果てても、棄てられない事のみ。裏切りは繰り返せない――

守っていたはずなのに、壊してしまったものがある。弁解は言えまい。後退は許されないのだから。矛盾に気づきながら流れに逆らえずに、力を行使していた。互いに正当性を主張しどちらか一方が果てるまで争いはやまない。亀裂は拡がるばかりで最後に白い肌と心に火傷痕を―己の罪を深く刻みつけていた。

瘧にかかったように手の震えが止まらない。初めて引金をひいた時のように―。漂う異臭にも慣れたものだと思っていた。今さら何を躊躇出来るのか?爛れた肌に残るのは、大衆の為にと託されたはずの希望。信じてくれたのに…守ることなど叶わなかった背中に誓うのは、同じ轍は踏まないという破れぬ誓約―

冬に始まり冬に終わる。やがて来る新年を、特別に感じる気持ちなど持ち合わせてはいなかった。確かに…これで終わりではないな。終戦などあり得ない。ここからが始まりだと、苦い余韻が消えないままでも振り返るまい。朝日を見上げていつの日にか灰塵に帰した地に戻ってこよう。美しい未来を造る為に。

 
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