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□頬っぺにしまってます
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その日の上官は無口だった。

副官が置いていった報告書とニューオプティンの支部から回ってきた。嫌がらせに近い量の書類の山を見ても文句の一つも零すことなく、頬杖をつきながら黙々と仕事をこなしている。

何か無言の行をしているのか、と思うほどに、真面目に朝からいまの時間まで、サボらず書類に向き合う寡黙な姿が普段とは別人のようで、不気味だった。
俺の目からみた黒髪の上官は、どんなに過酷な現場でも明るく饒舌に、仕事を進めるひとだ。下の者に対しては(俺への急な極秘任務命令などの横暴な態度を除いて)どちらかというと、結構、フランクな態度で接してくる。まぁ、下につく俺達としては、他の支部にいる目上だからって部下に上官風を吹かす、嫌味な上司よりは余程いい。仕事が回ればかまわない、と責任は自分が後でとるからといったところも好感度が高い。それに融通も利くしな。なんか良いところだけ上げると理想的な感じがするけど、俺はこのひとに心酔しているわけではない。時々ハボックの隊は機動力がある、とか上手いこと言って、昼夜を問わずの過剰勤務を俺の隊に強いてくるのは、何時か訴えてやりたいと思っている。

あっ、思い出したら腹立たしくなってきたせいか、報告書の綴りを間違えちまった。くそっ。

嵐の前はとても穏やかな時間が過ぎるという。何時になく真面目な上官の態度は何か善くないことの前触れじゃないか、と思うのは俺の考え過ぎだろう。日頃、俺達にデートだと公言する日は特に仕事を片付けるスピードが早い。この間もその処理能力に舌をまいたものだ。さすが国家錬金術師の名は伊達じゃないってな。今日も必死にやるのはそんな理由なんだろうよ、たぶん。羨ましいことだ。予想通りならこのまま順調にいけば、本日は余裕で定時に上がれそうだ。

しかし、俺が勝手に懐いた予想とは違ってこのひとが単純に、日頃のサボりのツケを払っているだけなら、上官のストレスが何時、爆発するのか。
それが心配だった。


くそっ、まただ! 今度は実家の店からパクってきた。(親父め、紛い物を仕入れやがって)安物の万年筆から漏れだしたのか、ポタリと数滴インクが落ちて書きかけの書面が滲む。

泣き出した万年筆に手元にあったメモ紙を巻いて応急措置をする。(仕方ない、この安物は諦めてブレダのものを借りよう)点々とついた汚点を見ながら、いっそ報告書の文章を新しく練り直すことにするか……ちょうど、ため息混じりに俺がそう決めた時だった。




上官が軽く手をあげて、
「ああ、書き損じた。ハボック灰皿をかせ」
「へ?」

ぶつぶつと不明瞭な発音で俺の大事な灰皿をよこせと言う。

集中力が切れたのか、このひとも俺と同じく書き直しらしい。ご苦労さまです。

灰皿を手に持ち近づいた時に、気が付いたことがある。大佐の頬が膨らんでいるように見えるのは気のせいだろうか? なんか、餅みたいになってきているぞ。このひとは東洋系の容姿の為、肌は女みたいにキメが細やかで日に焼けにくい体質らしくお綺麗な顔をしてやがる。済ました面が鼻に付くくらいにだ。近頃、ふっくらしてきているのは、毎日デートで旨いもん食べてるからだろうか? 図星だとしてもこの男は童顔を気にしているから、その手の話題には触れないほうがいいよな。
 
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