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卵 2

不本意ながらも背後から回された彼の腕の中に、安々と囚われてしまう。心拍数が跳ね上がり落ち着かないのは、たぶん…背中に感じる体温と首筋にふれている頬のせいだろう。吐息が耳朶にかかる度に力が抜けそうになるのに、副官の私は負けたくなくて「貴方、馬鹿ですか」精一杯の負け惜しみを吐いた。

「ひとの気持ちも知らないくせに…」給湯室にてコーヒーを用意しながら独り言。いつも丸め込まれてしまうのは、私が思いのほかあの人に甘いからだろうか。あの白面に似た。篭に盛られた白い玉子までが憎らしい。それでも、好みの固さになるように毎日気を配る私もどうかしている。「馬鹿みたいね…」

次の日の昼食に「外で済ますから」と素っ気なく言い捨てると彼はブレダ少尉と出かけていった。本日の玉子は要らないらしい…もっと早くに言って欲しいと思う。そう都合よく私は思考の先回りなど出来ないのだから。「あれ?中尉、飯まだなんスか」玉子と共に行き場のない感情をもて余していた時だった。

「今日は用意してないのか?」「ええ」昼食前に軽食の有無を聞かれた。「…昨日の玉子はどうした」「ハヤテ号と頂きましたから、もうありません」「君の犬は殻を剥いて食べるのか?」「ええ、誰かさんと違って協力的なんです」一人で完食はさすがに無理だから、親切な同僚に付き合って貰ったんですよ。

「君は何も判っていない、本当に…」彼の顔を歪め訓示を垂れる姿が煩わしいので私は生物は日持ちがしないと話し、最後に「食あたりになったらどうするんですか?感染したら虫下しも効かない。恐ろしい病だってあるんですよ。臓物を喰われて、七転八倒しても知りませんからね!」と釘を刺しておいた。

「おかしな虫がついたら困るだろう!」「だから、足が早いものには注意してます」「手が早かったらどうするんだ」「傷みやすい季節には気をつけていますから、大丈夫です」「君の無頓着なところが心配なんだよ」「貴方に言われたくありません」結局無いと煩いので食堂から調達してこないと駄目かしら。

「ふん、馬鹿馬鹿しい。それに話も噛み合わない…まったく」彼はぶつくさ言いながら使い捨てタイプの薬味を取り出し、神経質に剥いた玉子に付けて食べていた。その手慣れた様子を見てため息が出そうになる。「これは預かります」今さらでも見過ごせないから。「返したまえ」例え鋭い視線で睨まれても。

「好物くらい好きに食べたいんだよ」子供みたいに拗ねても駄目ですからね。ちっとも可愛くない。手軽に摘まめるせいか。昼食までこれで済ますつもりかと呆れてしまう。ほとんど中毒だ。仕方ないひと。「どうぞ」私が取り上げた薬味の返還を促す手に、代わりに渡すのは書類の束だけですよ。

「そもそも上官の私物を強奪するなど言語道断だ!よって君には厳しい処分をくだす」ああ、彼は三度めは我慢出来なかったようで、本気で怒っているみたい。「その、あれだ…代わりに…くれ」ごにょごにょと尻すぼみになる語尾が聞きずらい。「はい?」「代用食として私に何か作ってきてくれ」えっ? 

翌日の休日に余っていた卵を使い試しに料理を作る。味はどうかしら?「ハヤテ号。お座り、待て…よし!」ペロリと一口で食べ終わるともっと欲しいとおねだりしてくる。味見役の評判はいいみたいね。子犬に味が分かるのかは微妙だけど…美味しいと喜んでいるから大丈夫でしょう。キッシュで決まりね。

 
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