過去拍手文

□微熱
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微熱


その日の私は熱があるのかいつになく酷く、体調が悪かった。

仕方なく書類も回せるものは明日片付けることにして、銀時計を取り出し定時の時間を確認すると、早々に今日の仕事を終えることにした。

最後の書類にサインをし、椅子にぐったりと座ったまま少し伸びをして、肩のこりをほぐす。

「少し休みを取られた方が、よいのではないですか。大佐」

そんな私の姿を診て、席に座り書類の束をまとめていた副官が形のよい眉を心配そうにひそめながら、声を掛けてくる。

私は椅子から立ち上がり、ソファへ移動すると、
「いや、一晩眠ったら明日には治るよ」

と大したことはないと伝える。
「身体を壊してからでは、遅いんですよ」

「そんなにやわじゃないさ。大丈夫だよ」

彼女に心配をかけまいとして、ははは、と力無く笑いながらも発熱と強い倦怠感を覚えた私は柔らかなソファに、沈み込むように座っていた。

嗚呼、気怠い気分に身をまかせて、このままこの場所で眠ってしまいたいな。

「それでは大佐。これをご帰宅前にどうぞ」

「ん? 何かね」

「風邪薬です。市販品ですがよく効くので、拗れないうちに治さないと後が辛いですから、水をご用意するのでお飲みください」

私の情けない姿を見て、呆れたように小さなため息をついた彼女は、立ち上がると薬局で求めたと言う常備薬を、ソファに座る私に渡そうとして近づいてくる。

副官が私の健康管理に対して、いつもより少し強く意見することが不思議だった。

また、会話中の表情が私の体調を気遣っているように見えたのは、考えすぎかな。
本当のところは、使えない上司に困っているというだけだろう……。


熱に浮かされたせいか。私の視界には、西日が少し差し込んできた室内の壁にまるで溶け込むように彼女の姿が、ぼやけて映る。

「ありがとう。中尉」

と、立ち上がり。
薬を受け取ろうとした私は、視野が二重にだぶって見えてしまい。
彼女の手首を掴むと、そのまま自分の腕の中へと引き寄せてしまっていた。

床に落ちた薬の袋の音は、敷物に吸い込まれたのか。
耳に届かない。


  
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