過去拍手文

□春眠
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春眠


暖かい暖房がきいた室内にて、うつらうつらとする意識の中、気を抜けば睡魔に囚われてしまいそうになる……。

傍らで報告書類を読み上げている私の副官の声が、時間の経過とともにだんだんと、人類が進化する過程で発達してきたという人の言語から、意味を成さない単語へと変わり、最後は遥か遠くから風にのり漂ってくる心地いい癒しの塊のような音楽的響きに聞こえだしてきていた。

右の耳から入った言葉が理解されることなく、そのまま左の耳から抜けて行ってしまう。それに抗えない自分自身がいる。


しかし、上質な生地を使用した居心地のよい椅子に沈み込むように座りながら。
それでも私の眼は机上の書類の文面を追い、右手に握りしめた万年筆は動きを止めることはなかった。

これも単なる習慣の賜物であろうと、一言で片付けてしまうにはあまりにも惜しい。

脳内の意識が溶けかけて、半分ほど夢の国へ旅立ってしまった状態である現状において、ほぼ無意識下でこれだけの仕事量を長時間こなしているのは、賞賛に値するとおもう。

すべて私が勤勉に働いて積み重ねてきた。日頃の努力の結果が如実に現れでたものだった。

そんな不眠不休に近い状態で、稼働していた私の驚異的な粘りもそろそろ限界が近く、願わくばこのまま眼を閉じて意識を手放してしまえれば、どれだけ楽だろうな、とぼんやりとしてきた頭で考えだしている。

許されるならば……。

春の陽気に身を任せて、つかの間の深い惰眠を貪りたいものだな。


「大佐? もう一度言いますがこの件について……」

「ああ、その件については、すでに先方に話をとおしてある。折り返し連絡がくるはずだよ」
「…………」

書面の上を走らせていた手を止めて傍らを一瞥すると、詳しい内容を金の髪をした副官が話す前に先回りして答えていた。

ちらっと見ただけだが、彼女の肩に届きかけの髪が少し跳ねてているのに気付く。
私が記憶している限りでは、短い髪型をした姿しか覚えがないが、このまま伸ばすつもりなのだろうか……。


そのまま彼女からの返答がないことを疑問におもい顔を上げると、私の眼を探るように見ていた鋭い瞳と視線がぶつかり、しばしの沈黙が気まずい間をつくる。

結果、言葉を先取りした形になってしまい。あまり言われて気分のよいものではない、遮るのはまずかったか、と後から気付いた。

しかし、先走り過ぎたと後悔するほどのことではないのだ。
相手は他ならぬ彼女だしな。
それよりも……。

「……次の要件は?」

一瞬止まってしまった時間を破るように、話の続きを促した。
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