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□私の世界は止まったまま
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灰色の空から降る小雨が制服を濡らしていく。傘をさす程でもないのが私を余計に苛立たせた。早歩きで見慣れた通りを過ぎていく。歩く度に冷覚や温覚が失われていくようだった。
なぜか周りの景色がぼやけて見えた。それが自分の涙のせいだと理解するのには時間がかかった。終いには靴の中にまで水が染みてきて気持ち悪い。
途中までは、良かった。いや、間違いなんて最初からどこにもなかったはずだ。あやふやで、いつまでもはっきりしない南に私が勝手に腹を立てただけで。南は微塵も悪くないのだ。



「だいきらい」



原因はつまらない八つ当たり。気晴らしに出かけてみても、鬱屈とした気持ちには勝てなくて結局こうして帰路につく。足取りは重くて、気分はどんどん沈んでいった。
いつまでたっても直らない意地っ張りな性格にはほとほと嫌気が差す。それを理解した上で南は一緒にいてくれる訳で。やるせなさと悲しさとで胸がいっぱいになって、辛かった。
どうやら通り雨だったらしい。空を見上げれば、雨はほとんど止んでいて代わりに地面にいくつかの水たまりを作っていた。さしていたイヤホンを抜いて、プレイヤーに巻きつけてポケットに入れた。
小さくため息をついて外の壁に寄っかかって携帯をいじる。湿った靴をその場で何度か踏みしめてみる。水を吸った靴はぐしゅぐしゅと気味の悪い音を立てていた。



「何しとんねん」
「!?」
「ビビり過ぎや」



死角からひょこっと現れた南に驚いて、ぱくぱくと金魚みたいに口を動かすことしか出来なかった。今の私はきっと本年度一番の阿呆面をしているだろう。それを小馬鹿にするように南に鼻で笑われてむっとする。
その仕返しに無視を決め込んで踵を返してその場を立ち去ろうとするも、腕を南に掴まれて叶わなかった。それも結構な力で。



「だってさっき」
「いつものことやし。大して気にもならん」



ふいと顔を背けて、南はそう言った。この人は何をするにも淡々としていて一々意図が掴みづらい。掴まれた腕の関節がぎし、と痛む。
辛辣な物言いは平気でするし、何も気にしていないようで結構気にしていたりする。私とは別の意味で面倒なタイプの人間。だから今も南が何をしたいのかがよくわからない。



「けどな」
「…」
「んな簡単にきらいとか言うなや」



するっと自然に腕にかかっていた力がなくなって、自由になる。それからようやく南の指が解けたことに気付いた。
振り向いて南の目と私の目とを合わせてみる。南の瞳には無表情の可愛くない私が映っていて。恐らく南もそう思っているだろうなと考えた私は罪悪感から再び目を逸らして俯いた。同時に謝らないととも思った。
そして思わず目に入った二人分の折り畳み傘にちくりと心が悲痛な叫びを上げた。そうか。南はわざわざ追いかけて捜しに来てくれていたのか。制服のシャツは私のそれよりも濡れていて、心臓が締め付けられるような苦しさを覚えた。


「……ごめん」
「だからどうでもええって言うとる」
「でも、傘…」
「そう言うのいちいち気にすんなやめんどいわ」



早口でまくしたてるように言って、南は傘をさっとしまってすたすたと歩き出した。私は思わずつられてついていく。
しばらくの間湿った風が体に纏わりつくみたいに、さっきの南の言葉も私から纏わりついて離れなくて。嫌いになれた方が何倍も楽になれるのになと思って南の背中をぼんやりと見つめていた。







私の世界は止まったまま


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