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□泣きたいのは自分のせい
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信長にこういった形で会うのは、いつ以来だろう。スポーツバッグを肩にかけ、駅の構内をすいすいと通り抜けていく。人混みにぶつからないようにするので精一杯だったあの頃の私が何故か脳裏に浮かんだ。
ざわつく構内では、中々お互いの声が通らなくてだんだんと口数も減っていった。歩くこと数分、傍にあったチェーンのアイス屋に入る。この時間にしては席が空いていた。
中学の頃から、仲が良かった私達。友達以上、恋人未満という言葉が一番合っていた。高校で道を違えてしまうのが急に寂しくなった卒業式の前夜。信長も同じように考えていてくれたのだろうか。
お互いに別々のサイズ、同じ種類ののアイスを1つずつ頼ん他愛もない話に時間を潰すというこの行為そのものはあの頃と少しも変わっていない。でも、やっぱり何かが違うような気がして胸がちくりと痛んだ。
テーブルに静かに置かれた水に目をやって、数年後にはこれがアルコールになっていたりするんだろうかなどとくだらない事を思ってしまった。そうだったらいいのにと切に願わざるをえない。



「練習キツ過ぎんだよ。雰囲気には慣れたけど」
「でももうレギュラーなんでしょ?それだけ実力あったってことじゃん」
「まぁな!て言うか高校行く前なまえに言ったじゃん俺」
「…何だっけ?」



わざととぼけた様子で訊いてみると、信長はかなり不満そうな顔をしていた。そんな顔をしなくても勿論覚えている。忘れることなんて出来やしない。
ことんと小さな音を立てて、二人分のアイスが置かれる。スプーンを挿してみると、まだ固くて食べ辛かった。ふと信長の方に視線を移すと、信長も同じようにしていて何だか面白かった。



「絶対一年の夏までにはレギュラー入りするって、言った」
「…そうだったね」
「マジで忘れてた?」
「覚えてたよ」



卒業式の後私だけに約束してくれた、あの時の信長の表情はバスケをしている時くらい凛々しかった。こんなことを言えば調子に乗るから言わないけど。
ぐさぐさとスプーンを差していると、すこしずつ溶けてきて通りやすくなった。一口分とって口に入れると、仄かな苺の味が広がった。
昔はこの味が大好きで、お気に入りだったけど今は甘すぎるように感じられて。些細な変化に私は敏感になってしまったのだろうか。
信長は何も考えていない様子でひらすらに私のよりも一回りサイズの大きなアイスを食べている。無邪気というか、馬鹿っぽいというか。信長のそんな所が好きだった。
突然信長のバッグの中からバイブ音が響きだした。電話かメールだろう。誰からだろうか、なんて色々考えてしまう。でも、信長は気にする素振りも見せずにアイスを貪っていた。



「…無視していいの?」
「どうせ先輩からだしなー…。大会近いし」
「電話じゃないの。ずっと鳴ってるよ」



私の言葉でようやく携帯を取り出す信長。かなり面倒そうな面持ちだった。そう言えば信長はメールは意外と好きじゃなかったっけ。今もそれは変わっていないようでほっとした。
しかし、携帯を開こうとしたその瞬間に電話は切れてしまった。それも仕方ない。だって一分くらいかかったもの。
ほぼ同時に信長の携帯が新しくなっていることに気がつく。それに付けられたストラップのうちの一つは私達で揃いにしていたもので。あの物持ちの悪い信長が未だに付けてくれていたことに動揺を隠せなかった。



「ねぇ、そのストラップいつまで付けてるの?」
「付けてちゃ悪いかよ」
「…悪くはないけど」
「どうせなまえだって付けてんだろ」



当然のようにそう言ってのける信長が何だかにくらしくなって、制服の裾を強く握りしめた。
確かに信長の言うとおり、鞄の中の私の携帯にはそれが付けられている。外してしまうと、私と信長の消えていってしまうように思えてしまってどうしても外せなかったのだ。
けど、信長が付けている理由は私のそれとはきっと大きく異なっているだろう。過去を捨てきれない私と過去と一緒に今を生きている信長。
信長の携帯に付けられたたくさんのストラップを見ていると、妙に泣きたいようなそんな気持ちになってしまっていけない。目頭がほんの少し熱くなるけどぐっと堪えた。一体何処でこんな気持が生まれたのだろう。



「いいなぁ…」
「こんなんいっぱいあったって、邪魔になるだけじゃねぇか」
「じゃあ、私の外していいよ」
「何でそうなるんだよ」
「それ見てると、なんか苛つく」



私の声が震えているのを信長は気づいただろうか。必死に言葉にしようとしても、これ以上何も言えそうになかった。
食べ終わって空っぽになった信長のアイスと、まだ少し残っている私のアイス。もうほとんど溶けてしまってとても食べられたようなものじゃなかった。
信長には高校に入ってからも、沢山の思い出があって。今も信長との思い出に縋っている私はさぞかし滑稽に映っているのだろう。
苺の赤が嫌に目に染みて思わず目を背ける。けど、信長の顔だけは見れなかった。もしかしたら気づかれたかもしれない。そう考えるだけで体がこわばって動けなかった。



「んな簡単に外せるはずねぇだろ」
「…わけわかんない。邪魔なんでしょ」
「わかんねぇのはお前だっての」



大袈裟にため息を吐いて、それだけ言うと信長は空になったアイスのカップを捨てに行ってしまった。
残された私はぐるぐるとスプーンで原型をとどめていないカップの中身をかき回して気を紛らそうとしてみた。ぐちゃぐちゃになった私の気持に整理がつく日がいつか来るのだろうか。
むしろ今の状況を考えるに、ますます悪化させただけじゃないか。大股で此方に向かってくる信長の姿が見える。心臓が痛くて、泣きたいのに泣けなくて鼻の辺りがきゅうと詰まった。



「流石にそこまで馬鹿じゃねぇよ」



席に戻ってくるなり唐突にそんなことを言うから。私の体温は急上昇してしまって、我慢していた涙がとめどなく溢れてきた。
頬を伝うその液体は異様に熱い。火傷してしまうんじゃないかってくらい。体中がこの苦しさに悲鳴をあげていた。
でも、その先は聞くのは怖かった。聞いてしまえば答えを出さなきゃいけなくなるから。袖でごしごしと涙を拭う私がとてつもなく惨めに思えた。



「…なまえが思ってるよりは、ちゃんとわかってるつもりだから」



ちゃり、と信長が手にとった携帯のストラップが揺れる。その幾つもの金属が擦れ合う音だけが私をここまで悲しくさせる。鼓膜が過剰に振動しているかのように響いて離れない。
私は今すぐにでもそれを掻き消すくらいの声ですきだと言うべきなのに。何故か口が動いてくれなかった。







泣きたいのは自分のせい

(たりないのは、酸素か勇気か)

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