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□口づけに束縛を
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私はあなたの大事な人になれるのだろうか。特別って響きは私の琴線を震わせる。
そんなことを私が考えているとも知らずに、藤真は退屈そうにさっきからずっと携帯をいじっている。此方を見向きもしないのは、よくあることだ。別に気にしないけど。
寂しいと思ったのは、本当の最初だけだった。慣れって怖い。付き合い始めの頃の記憶が今も嫌というほど鮮やかに残っている。




「何してるの?」
「部の連絡」




何と無く聞いて見ただけなのに、その返事まで連れなくて。私達って一体なんなんだろう。付き合うって、なんなんだろう。
携帯のディスプレイに何が映っているのか。何が藤真を動かすのか。恋人なのに、わからないのはどうして。
もしかしたら、私は特別執着心が無い人間とでも藤真に思われているのかな。そんなことはないのに。嫉妬だって人並みにはする。ただ、それをどう表していいかわからないだけで。
倦怠期、ではない。私は今だって藤真が好きだ。当然藤真がどうなのか確かめる術はないから、断言できないけど。




「…私にも、メールして」
「いつもしてるだろ」
「じゃあ、今メールしないで」




そんな稚拙な束縛で感じる優越感。我儘と言った方がいいかもしれない。藤真は私の言葉通りに携帯をぱたんと閉じる。そして訪れる沈黙。押し黙ったままどれくらい経っただろう。
画面越しの相手に私は一体何を感じていたんだろう。
ついさっきまで電子画面を見つめていたその瞳は今は私を捉えている。そのこげ茶色の世界に吸い込まれていくことしかできない。ゆっくりと距離が縮まっていく。

刹那の軽い口づけ。すっとその端正な顔が離れて、お互いに無表情のまま。私は急すぎるそれに驚いて固まる。




「…いきなりなに」
「他にすることもなかったし」




悪びれる素振りも全く見せず、 そんなことを言ってのける藤真はやはり私とは違い過ぎる人間なんだと実感した。考え方も好みも、もしかしたらこれからずっと交わることのないかもしれない。
何よりも、他にすることもないというのは良い事なのだろうか。私たちの口づけは一般的なものとは大きくその意味が異なっているように思えて仕方がない。
けれど、キスされた唇は未だに熱を持っていて、何だかくすぐったい。藤真とするのは初めてではなかったけどやはり慣れない。
藤真は自由な人だから、きっと私なんかじゃ縛り付けられないね。そう言ったら、藤真はその整った眉を僅かに潜めた後小さく笑った。消えいるような声だった。
私はそんな藤真に驚きながら、その手に触れてみた。乾いた手のひらからはしんしんと温かさが伝わってきて。私の冷たいそれとの温度差を感じて、なんだか虚しくなった。







口づけに束縛を

(それからの藤真は何だか前よりもずっと綺麗に見えた)

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