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□熱はいつしか冷めるもの?
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初夏の風は蒸し暑いから嫌いだ。私が言えば、神はそうだねと適当な相槌を打つ。それ以外返答しようがないからかもしれない。
人のいないがらんとした体育館。何人かは来ているらしいけど、ランニングだの何だので結局残っているのは私達だけ。
私は何をしているのかといえば、邪魔にならないような所から黙って神のシュート練習を見ているだけ。
バスケのことはルールすら未だにおぼつかないけど。神の練習している姿を見るのは不思議と退屈じゃなかった。
綺麗な弧を描くバスケットボールと静かな衣擦れの音、それらが私の中を一瞬で巡っては消えていく。これで何本目だろう。開け放した横の扉からは、申し訳程度に風が入ってくる。



「ここ、ほんとに熱いね」
「俺はもう慣れたかな」



流石、と褒めれば神はタオルで汗を拭いながら笑みを作った。それをきちんとたたんでステージの上に置く。いちいち所作が洗練されている。
神は何回ここでシュートを打ってきたんだろう。この場所が一番のはずだ。中学の時から努力家ではあったけど、きっとそう。
少しするとまたボールがネットをくぐり抜ける音が響きだす。多分今のが450本目。50本ごとに声を出して数えるのが癖になっていた。



「…」



他に何をするでもなくただ人だけを見つめて過ごす時間は、二度とかけがえのない尊いもののように感じられた。神の瞳にはきっと私なんて見えていないだろうと思うと少しだけ物淋しい気持ちになる。
淡々とシュートを打ち続ける神とそれを見ている私。傍から見ればどんな風に映るのだろう。Cからシューターに転向するまでの人の姿を思い返してみる。
私の目には何一つ変わっていないように見えた。でも周りは口々に神は変わったと言う。私達二人は、長くいすぎたのだろうか。一緒に居るからこそ神がわからなくなっていく。遠くなっていくような気がして一瞬ぞくりと背筋が寒くなった。



「どうしたの、ぼーっとして」
「あれ?練習もう終わり?」
「なまえが自分で言ってたんじゃん。500本って」
「そっかぁ…」
「変なの」



無意識のうちに声に出していたらしい。脳内は全く別のことで頭がいっぱいだったのに、私の頭は変な所が器用な仕組みになっているみたいだ。
練習が終わって六時半、日が長い季節のせいかまだ外は明るかった。夕日の紅色が目に痛い。校門の前で待っていると、体育館と部室の鍵を先生に返してきた神がぱたぱたと戻ってくる。
二人で帰路に着くのも、もう数えきれないくらいしてきたことだ。ぽつりぽつりと間の悪い会話にも慣れた。でも神がこっちを見てくれない日は格段につまらない。



「今日は、調子良かったね」
「途中から全然見てなかったのにわかるんだ?」
「わかるよ。音で何となくは」



だって、神独特の規則性があるから。安定感のあるその音はいつだって私を安心させてくれた。
ふと視線を神の手元に落としてみると、白くて骨ばった指が目に入る。いきなり触ってみると、神は目を丸くしてこっちを見た。当然の反応だと思う。
けれどすぐに神は触れられた私の指に自らの指を絡ませてくれた。外で手を繋ぐのは恥ずかしいけど、幸せだ。



「熱いね。なまえの手」
「私の熱さにはまだ慣れないの?」
「慣れないよ」
「何回もつないできたのにね」
「それとこれとは話が別」



そしてもう一度熱いと言って襟元を仰ぐ神は私の話の先なんてこれっぽっちも聞いていないようだったけど、今はそんなこと全然気にならなかった。
自然と繋がれた手を見ると、心までつながっているような気になった。夏の暑さと繋いだ手の熱さ。漢字が違うだけあって、意味合いもこんなに違ってくるんだとおかしな所に妙に納得してしまった。
きっと夏の暑さには嫌でも慣れていくだろうけど、もう一方のはいつまでも新鮮な感覚のままだろうということだけは容易に想像がついた。







熱はいつしか冷めるもの?

(永遠だといいな)

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