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□トランキライザー
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出かけ先から帰る途中、偶然神と鉢合わせてしまった。最近はバスケ部が忙しいとかで休みの日に顔を合わせることがなかっただけに自然と会話も弾む。
聞けば、久々の部のない休日だと言うのに神は今の今までずっと自主練をしていたらしい。らしいといえばらしいけど。

小さい頃から見飽きるくらい見てきたその横顔が、今日は何故か別の人のように見えて。



「そう言えば」
「何?」
「この間隣のクラスの子に告白されたんだ」
「ふぅん…。で?」



神が告白されることなんて、日常茶飯事みたいなものじゃない。軽く流せばそれもそうだねと神は笑った。
私はただの幼馴染と言うだけだし、それ故に別段神の交友関係に深く関わる気もなかった。誰と付き合おうが別れようが、それは個人の自由な訳で。

でも、神がそのことに関して自分から話を振ってくるのは珍しかった。



「どうすればいいと思う?ちなみにその子とは今まで接点なし」
「…相談してくるってことは、結構迷ってる?」
「さぁ、どうだろうね?」



妙な汗がじっとりと服を濡らして、気分が悪い。きっとここが蒸し暑いせい。
神は私よりも半歩先を歩いているから、いったい今どんな顔をしているのか見えない。むしろ見えない方が、いいのかもしれない。

少しの沈黙の後、私はこういった。いつもの口調で。おどけたように。



「いいんじゃない。神がその人のこと好きになれるんなら」
「…そっか」
「で、返事は」



どうせ「バスケに忙しくて余裕が無い」って断るんでしょ。今までみたいに。
それで、その子は友達にそれを愚痴って。それで、噂は広まって。誰かがまた神に告白して。その繰り返し。
そうだといいのになぁ。そうだったら、よかったのに。神ってばOKするとか言うんだもの。
馬鹿みたいに驚く私。神の顔はまだ見えない。でも、その声は相談をふっかけてきた時と同じトーンで。



「嫌いなタイプじゃないしね」
「話したことのない人なのにそんなのわかるの?」
「雰囲気だよ、雰囲気」
「…もう勝手にすれば」



変な神。顔とか雰囲気とかそんな曖昧なもので好き嫌いを決めちゃうなんて、「らしく」ない。何だかいらいらする。勝手にOKしちゃう神にも、こんなことで苛立つ自分にも。
私に知ってる神は堅実な性格をしてて、かなりの慎重派で、それでもっと。もっと。何より、私がこんな顔をしてる時は誰よりも早くに気づいて、傍にいてくれたのに。
これじゃあ私が神を縛り付けていたいみたいだ。縋りついて、子供の我儘みたいにしつこく付きまとって、困らせて。



「ごめん、今の嘘」
「…は?」
「怒った?それとも、もしかして嬉しかったりする?」
「何それ」



急に神の歩幅が小さくなって、私と並んで歩く形になる。そっと顔を覗いてみる、良かったいつもの神だ。変な安心感を覚える。
橙色の夕焼けに照らされて、私達の陰がゆらゆらと揺れる。二人分のそれは、そのまま消えてしまうんじゃないかってくらい儚いもののように思えた。
随分背が伸びた。足元のそれを見て思う。考えるのがだんだん馬鹿らしくなってきた。



「…実はもう断ってたんだ」
「どうして」
「なんでだろうね?わかんないや」



特に変わった理由なんてないよ。そんな神のそっけない返答に安堵してしまう私。悪戯っぽく笑う神には今の私の気持ちなんてこれっぽっちも伝わってないだろうけど。
もし神が誰か知らない女の子と付き合ってしまったら。Ifなんて考えたくない。さっきの嫌な感覚が思い起こされる。



「理由があるとすれば」
「あるとすれば?」
「…なまえがいるから、かな?」



ふっと笑う神に、その意味を問いたい。でも強がりで恥ずかしがりな私の唇は震えてなんにも言えなかった。
逆にからかってやれるような性格をしてるなら、疾うの昔に上手くいってただろう。だからこそ私はこんなにも些細な事で揺れてしまう。
神が好きで。好きで。体中の血液という血液が頬に集まっていくのを止めることは出来なさそうだった。







トランキライザー

(誰か早く私を止めて)

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