長編小説

□鎮魂歌(仮)
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―――――戦場に、勝ち鬨の声があがった―――――

勝ち戦だ。俺の軍の。
周りの奴らは歓声を上げ始める。何奴も此奴も「勝ち」という事に酔いしれ、興奮している。

…だが俺だけは、喜ばなかった。…否、素直に喜ぶ事が出来なかったのだ。
それは何故なのか、それが分からない。只、心の中に靄がかかってるような、そんな気分だ。

俺はその場を離れ、戦場を少し歩き始めた。
折れた槍、踏みにじられた旗…そして地面を覆い尽くす屍の山。
屍には胸に矢が刺さっている者や、首が無くなっている者もあった。そして、その中には俺の軍の奴もいる。

戦なんだ。多くの犠牲が出てしまうのは分かっている。…だが。
この死者達をほおっておいて、素直に喜んでいいのだろうか。そして何より、此奴等はちゃんと安らかに成仏できてんのか?そんな事を考えていると、心の靄はより一層濃くなってくる。

――ふと、前から歌声が聞こえた。
前を見ると、屍が転がっている中に独り立って琵琶を持って歌っている男がいた。その男が着ている服は、闇のように黒かった。
「お前、こんな所で何をしている。」
俺が後ろから声をかけるとその男はビクッとして振り返った。
「私…ですか?」
「お前以外に誰がいるんだ。」
「…私の事が…見えるんですか?」
「はぁ?」
訳の分からない質問をされ、思わず気の抜けた声を出してしまった。
「!あ、すみません。今のは忘れて下さい。…私は、歌を歌ってました。」
そりゃ見れば分かるが。
「何でこんな所で歌っていたんだ。」
歌う場所だったら他にもあるのではないか。まして此奴は、武装をしていない所を見ると、この戦に貢献した奴ではないことは確かだ。
「私は、鎮魂歌を歌っていたんですよ。」
「鎮魂歌?」
「はい。死者の魂を慰め、静めるための歌です。…又、ある者達の間では他の理由で使用します。」
「ある者達…?他の理由…?」
「死神です。」
「…は?」
「そして、私も死神です。」
耳を疑った。
「死神?死神って、人に死を誘うっていう、あれか?」
「この世ではそう言われていますが、実際は違います。死神というのは、死者の魂を天へ送り出すのが仕事…決して生きている人間には手を出しません。」
それを聞いて少し安心した。すると死神は笑って
「…死んでしまうかと思われましたか?」
「!…そ、そんな事は…」
「いいんですよ。人間、死を考えると臆病になるものです。」
―それを聞いた瞬間、俺の中で何かが切れる音がした。
俺は死神の目の前に刀を突き刺した。
「…黙って聞いてりゃ、俺が臆病だと言ってるような言いぐさだな…嘗めるなよ?死ぬ覚悟などとうに出来ているさ。…いや、俺だけじゃない。この時代を生きる奴は大抵死ぬ覚悟は出来てる筈だ。」
死神は余裕を持った表情を向けてきた。
「では何故、先ほどはあんな顔したのです?」
「それは…安心したんだ。此奴等がちゃんと成仏できてると分かって。」
覚悟は出来ているとは言え、いろんな意味で此奴等は怨念や無念さが渦巻いているだろう。
―…くやしや…―
地のにおい漂う中、目を閉じれば聞こえてくる。
―…あぁくやしや…―
―…我が悲願、成就せずにここで朽ち果てるとは…くやしや…―
死者達の思念が。

それを黙って聞いていた死神がこんな事を呟いた。
「…貴方は、優しいんですね。」
「…は?」
…やさしい…?そんな事、今まで言われたこともなかった。
「今まで何度か私の姿を見た人間はいましたが、貴方のような人は居ませんでした。私の正体を聞くと自分の身を案じ、恐れおののいたものです。しかし貴方は自分の身より、死者の魂を案ずる。」
「…そうだったのか。」
確かにどんなに覚悟を決めようが、誰だって他人より自分の身が大事に決まっている。それは人間として当たり前のことであろう。
…では、何故俺はこんなに他人を案ずるのだ?
「…人でない、とか。」
それを聞いた瞬間、死神が吃驚した顔でこっちを見た。
「…はははっ!冗談だ冗談。そうだな…逆に多く人を殺めてきたから、かもな。」

―俺は「鬼神」と言う異名がある。
俺がいつも戦場で何の感情も持たずに殺し続けていたからこう言う通り名が付いたのだ。…否、感情を持たなかった訳ではない。自我を忘れ、刀を振るうのだ。そして、我に返った時に己の怖さを思い知る。周りには先ほどまで前の方にいた敵。少し歩いていくと、今まで隣や後ろにいた仲間の―変わり果てた姿。
合戦なんだ。人が死ぬのは当たり前。犠牲が出るのは仕方がないのだ。
…生き残った奴らは必ず口を揃えてそう言う。だが俺には、どうしてもそれが納得できないのだ。
ならば何故せめて魂を弔ってやるべきなのではないか?
―何モ出来ナイノナラバ、セメテ―
「…なぁ。」
「はぃ?何でしょう?」
「俺にも、その鎮魂歌ってーの、教えてくれねェか?」
―コノ手デ殺メタ分マデ、コノ手デ救イタイ―
死神は一瞬驚いた顔をした。
「…いいですが…楽器は出来るので?」
「大丈夫だ。…しかし、出来るのは横笛なのだが…大丈夫か?」
幸い、横笛には自信があった。
「構いませんよ。では、始めましょうか。」
死神は俺に笛を手渡した。
―それから俺は、死神に鎮魂歌を教わった。…この死神が歌う鎮魂歌は、どこか悲しげな、かつ神秘的な響きがあった。

「…これで一応、全て教え終わりました。…貴方は凄いですね、短時間でこの曲を覚えるなんて。」
「あぁ。」
確かに早い。自分でも信じられないほどの早さだ。
「私が教えられる事は全て教えました。後は自分なりに弾いてみて調節するだけです。」
「調節?」
「はい。鎮魂歌というものは元々、決まった音など無いのです。今のは私独自の鎮魂歌なので、それを貴方なりに編曲してみて下さい。」
「成る程、承知した。」
「…あと、約束して頂きたいことがあります。鎮魂歌は魂を静めるための歌と言いましたね?ですので、決して他の用では使わないように。娯楽気分では歌わないようにして下さい。」
「…分かった。」
「後もう一つ。」
「…まだあるのか?」
「えぇ。ですがこれは、一番大切なことなのでよく聞いて下さい。この曲を戦場や死者が多く出る場所で奏でるときは周りに死神が居ないか注意して下さい。そして、死神らしき人を見つけたら絶対に弾かないこと。良いですか?」
「…弾くと、どうなるんだ?」
一瞬、死神の動きが固まった。
「…貴方が殺される事は、間違いないでしょう。」
「そうか。」
さらっと俺が答えると、死神は
「…貴方の強さには、恐れ入りますよ。」
と言って、懐から何かゴソゴソと取り出し、俺の首にかけた。
「…これは御守りです。もし貴方が私の他の死神におそわれるような事があったら、これを目印に私が助けに行きます。なのでこれは、いつも肌身離さず持っていて下さい。」
俺はその御守りをじっと見つめた。中に何が入っているかは分からないが、普通の御守りより少し膨らんでいるように見える。
「では私はこれで…」
去ろうとする死神に、俺は声をかけた。
「きさま…いや、貴殿の名は?」
少し歩き出していた死神が立ち止まり、振り返った。「…本来、死神には名はありません。ですが、そうですね…如月、とでも名乗っておきましょうか。」
「如月?また何で…」
今の月は如月ではないはずだ。
「私が好きな月なんですよ。細かいことは気にしないで下さい。…貴方の名は?」
「高宮だ。」
「高宮…さんですか。では高宮さん、またご縁がありましたらお会いしましょう。」
如月と名乗った死神はまた向きを変え、歩き出す。どんどん歩いていくうちに薄くなり、背景と同化するように消えていった。


「…宮…高宮!」
同士の呼ぶ声にはっと我に帰る。
「高宮!探したぞ。一体こんな所で何してた?」
何をした、なんてとても言えなかった。
「…まぁ何でも良いが。それより早く戻ろうぜ!今日は勝ち鬨を祝って宴会だってよ!」
同士はかなりワクワクしていた。かなりの酒豪だからな、こいつ…
「…あぁ分かった。お前、先に行っていてくれ。俺も直ぐに追いつく。」
「そうか?んじゃ、あんま遅くなるなよ!」
かなりの上機嫌で同士は鼻歌交じりに歩いていった。
俺は少しその場を見渡してから、教わったばかりの鎮魂歌を少し弾いてからその場を後にした。

To be continue...
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