長編小説

□食欲浄土
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<第一食>

この世には妖怪・幽霊に存在する。

高層ビルが伸び、車が排気ガスを吐き出し空気を汚すようになってもそういう存在は少したりとも消えたりしていなかった。

何故そう言いきれるのか?
そういう存在が俺の目には克明に写されるからだ。どうして見えるのか…と聞かれると困るのだが、これは生まれ尽きなものだからしょうがない。

何はともあれ今でも、道路や路地…人の隙間に至るまでうようよとそういうものは飛んでいる。

ほら、今も俺の前にいる伸びをしている人の伸ばした右手の先にも…

そこで俺はあり得ないモノをみた。
なんと前の人が飛んでいる幽霊をむんずと握ったのだ!
そのまま幽霊はぐぃっと引っ張られ、その人に吸い込まれるように消えた。

いま俺は目の前で人生最大の奇っ怪な場面を目にしている。今までに奇っ怪な気持ちを抱いたのは…プロマジシャンのマジックくらいだろうか。
いやいやそんなことよりだ。幽霊は何処へ行ったのか。否、それより何より…目の前の人は一体何なのか。
俺と一緒で見えている人なのだろうか??俺はまじまじとその男の背中を見つめた。

その時。

前の人がこちらへ振り返った。
黒いサラサラとした短髪に赤いTシャツ。長いジーパンを履いた、爽やかな美形の男。
まずい、見過ぎたか!?しかし何故か目が離せなかい。俺は鞄をぎゅっと握った。
その男は暫くじっと俺の顔を見、にたりと笑いながら舌なめずりをした。

ゾワッ

俺は全身に鳥肌が立ったのを感じた。と同時にこれが危険信号だというのを確認し、もうダッシュでその場を離れた。こういう時逃げるのは一番危険な行為だと聞いたことがあるが、実は足に自信があった。
伊達に「妖怪韋駄天野郎」と呼ばれちゃいない。韋駄天なめんなよ。
とか何とか考えつつ走っていたらすぐ学校に着いた。
振り向いたが誰かにつけられている陰もない。

ほっとして振り返ると…


いた。
赤いTシャツにジーパン。さっきの男だ!

「よぉ、あんた。見えてるみたいだな。」
ニヤニヤ笑う男を見て更にゾワゾワと鳥肌が立つ。
「あ、あの…」
「におう、におうぜぇその目から。いーぃ匂いがな。」

ヤバい。こいつ変態だ。

そう考えるより早く体が動いた。
踵を返し、学校へ走る。


走って、走って、走って…


教室の前に着いた。
さすがに学校までは追って来られないだろう。俺の学校のセキュリティーは中々だし。
今度こそほっと息を吐き、教室のドアを開けた。
「お、よぉ韋駄天!珍しく遅かったな。」
「なんかあったのかよ?」
教室では、いつもと変わらず友人達が出迎えてくれた。
友達らには俺の目が幽霊を写すなんてことは話していない。こんな話、このご時世に話すなんてそれでこそファンタジーマンガの主人公並にキチガイ扱いされることは間違いないだろう。
その上、まさか変態にあった事なんて打ち明けるわけにもいかず。
「あぁ、ちょっとな。」
としか言いようがない。
とりあえず一息つこうと自分の席に腰を下ろし、途中で買ったお茶を飲み何気なく窓を見た。

瞬間に口に含んだお茶を空中にまき散らしてしまった。
「うわっ!?」
「ちょっおま!きたねぇなっ!」
と大騒ぎする友人の声は聞こえず、俺はひたすら外に浮いているソレに目を奪われていた。

赤いTシャツ。ジーパン。間違いない。


「…アイツだ。」

「はぁ?」
「すまねぇ、俺MAXで腹痛だから一講休むわ。」
「え、なにいって…」
「すまねぇ!」
そう言うなり俺はダッシュで教室から出、グラウンドへ走っていった。



「よーぉ、お前から来てくれるなんて光栄だぜ。」
男はニタニタ笑いながら手を振った。
「…あんた一体何なんだ。」
「俺さま?俺さまは浄海。この世にさまよう妖怪・幽霊を浄化し天へあげる者さ。」

え、なになに、こいつ。厨二病?ポカンとしていると浄海と名乗る男は勝手にしゃべり始めた。

「いやーこんなとこでみえる奴と会えるなんて俺さまってとことんラッキー?だはは、運良すぎて困っちゃうー!ってか今時まだいるんだねー見える奴!すっかり絶えたと思ってたんだがな…」
「ち、ち、ちょっとまって!…くださいよ!」
あれ、俺何で敬語になったんだ?
「ん?あぁ、悪い悪い。おめーの事聞いてなかったな。名前は?」
いや、俺が質問したかったんだけどな。
「…俺の…名前は…」
何故か声が震える。
「…ぅお!俺の名前はっ…!」
ここで俺は第二、第三の奇っ怪な場面を目の当たりにする。先ほどまでのうのうと横を通り過ぎていた妖怪がいきなり俺たちに襲いかかってきたのだ。
俺はいままで妖怪や幽霊に近づかれたりすることはあっても、襲いかかられたことはなかった。それが今、そんな過去を一本背負いされるような出来事が起こっているのだ。
そして襲いかかってきた妖怪を目の前の奇怪な男はむんずと握り…

食べた。

いや、食べた、というより飲み込んだという方が正しいかもしれない。
大きく口を開け、妖怪を口に運び、丸ごとゴクンと飲み込んだのだ。
妖怪は浄海の口へ吸い込まれるように消えていった。
「あ、あ、あ、な、たは…」
震えが止まらない。怖いわけではないのに、なぜだか震えが止まらない。声も上手く出せなかった。
「…ん、あぁすまねぇな!驚いただろ?」
にへ、と笑った。
「俺さまの浄化方法はな、食うことなんだ。食って、浄化する。」
べ、と浄海は舌を出した。何やら難しい言葉が書かれている。
「これ…お経?」
「ほーさ。ほへへひょうはふふんは。」
「ごめん、何言ってるかわかんないや。」
ここで、ハッと気がついた。
「って違う!いや、違わないけど!」
「何だ、いきなり」
「俺があなたに聞きたいのは!あなたは一体何なのかって事と何で俺を追っかけてくるかという事です!あなたの舌を見るためにわざわざ授業をさぼったわけではない!」
ドーッと一気に言葉を吐き出したせいで頭がくらくらする。
浄海はニヤッと笑うと俺を指さしていった。
「俺さまがなんなのかはさっき言ったとおりだ。お前を追っかけたのは、ズバリお前の目が欲・し・い・か・ら。」
「お、俺の目?」
「そ、お前の『見える』目が欲しいんだ。」
「え…その、浄海…さん?は見えてるんじゃないんですか?」
「いーんや。俺さまは『匂い』で判断してるんよ。ほかの奴らよりは鼻が良いもんでね。」
と、いうことは今まで掴んでた場所はカンなのか?なんと恐ろしい…
「だから、なおお前の目が欲しい。お前が持ってたって無意味だろ?」
「で、でもどうやってこの力を渡せるんですか?」
「目を引っこ抜いて…」
「イヤァアァアアア!」
「冗談だ。」
今時では、こういう冗談がマジで起こるマンガ等が出ているからたちが悪い。
ゼーハー言ってる俺に向かって浄海は驚きの一言を吐いた。
「お前そのまま、俺の目になるだけでいい。」
「…は?」
一瞬思考停止してしまった。
「…どゆこと?」
「あぁ?物わかりが悪い奴だなぁ。つまり、俺が妖怪を浄化するときに隣にいてくれればいいっつぅ話だy」
「いやいやいやムリムリムリ!無理っすよ!俺学校あるし!」
「空いてる時間になればいいだろ。」
「俺の自由時間がなくなるでしょうよ!そこまで暇じゃないよ!」
「目を抜くのは…いやなんだろ?」
「コワッそれ本当だったの!?冗談じゃなかったの!?!?コワッ!!」
「目抜かれるのと俺さまの目になるのどっちが良い?」
「あなたさまのめにならせてくださいどうかよろしくおねがいしまする」
「お前、名前は。」
「韋駄慎哉デスハイ」
「そか、シンヤ。これからよろしくな!」
ケラケラ笑いながらバンバン背中を叩いてくる浄海。
なんか言いくるめられたような気がしてならない俺。言いようのない屈辱感がこみ上げてきた。
これからどうなるんだろうか…と考えると不安があふれる。
しかし、微かに楽しみであったことは口が裂けてもいえなかった。

つ づ く … ?

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