短編小説

□こんぺいとう
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江戸の町は綺麗だ。だが、その分人の情念が渦巻く、きたねぇ場所でもある。どこもかしこも汚いモノを隠すように綺麗なモノが被せられている。それは家や風景であり、食べ物であり、はたまた人間の事であり。

俺が江戸に来るのは、もう100年も前になろうか。…否、その時はまだ「江戸」とは言わなかったな。こんなに町並みも綺麗ではなく、また、裏もこんなに汚くはなかった。全く、人が住む事で土地はこんなに汚くなっちまうもんか。あまりの容易さに笑いがこみ上げてきてしまう。黙って俺は、買ったばかりの金平糖を口に入れた。

「お兄ちゃん」
そう呼びかけられた。振り向くとまだ小さい幼子がいた。

無垢で、純粋。

辺りを見渡す。親らしい姿はない。ふと、幼子の後ろを見てみた。

――黒い影。

其の黒い影はゆらゆらと揺れ、今にも幼子に取り憑こうとするように動いている。

――物乞いか。そう思うと頭が痛くなった。人というモノは全くなんて卑劣で、卑怯なモノなのか。

「お兄ちゃん」

幼子が、もう一度呼びかける。仕方なしに懐から金平糖を取り出し、幼子にあげる。ぱっと顔を明るくした幼子は、どこかへと走り去っていった。


次の日、幼子と思わぬ所で出会った。
黒こげの家の下、真っ黒になった屍によりそって泣いている。

――あぁ、成る程。
あの家の屋根の下で一夜を明かした幼子の家族は、幼子が出ている隙に家ごと臨終してしまったのか。

その時、幼子の中に黒い影が入り込んだ。

――ついに――

ついに飲み込まれてしまったか。これからあの子は、此の家に火を放った放火魔を。
幼子の家族を焼き殺した殺人鬼を。
死にもの狂いで探し出し、天罰を下すであろう。

――例え其の身を、鬼に捧げようと―――

俺は黙ってその場を去った。黒い鬼が入り込んだ幼子を背に向けて。

――幼子の足下には、鮮やかな金平糖が散らばっていた――

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