短編小説

□かさぶた
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家への帰り道。ぼくは公園の気の幹に体育座りをして座り込んだ。膝には擦りむいて出来た傷。その上からはもうかさぶたが出来ている。
…今日の放課後の喧嘩で出来た傷…
些細な事で取っ組み合いにまでなってしまった喧嘩。…本当はぼくが悪い所もあったって分かってる。だけどぼくには素直に認めることが出来なかった。
その喧嘩の時にできた膝の傷を見る度に自然と涙が…

「仲直り、したいか?」
見知らぬ声と共に、頭をくしゃっと撫でられる感覚があった。
少しだけ顔を上げると、目の前に知らない男の人が
「初めまして。これからよろしくな。」
ニコニコしながら手をさし出した。
「…誰?」
膝に半分顔を埋めたまま俺は言う。
「俺か?俺は…かさぶただ。」
「かさぶた?かさぶたって…このかさぶた?」
「そうさ。俺は、お前の膝小僧に出来た…そう、このかさぶただ。」
そういってぼくの膝に出来たかさぶたを指さした。
こいつがかさぶた、なんて信じられないけど…嘘を付いているようには見えなかった。
「短い間だろうけど、これからよろしくな!仲良くやろうぜ?あ、でもかゆいからって掻いてはがすなよ?いつまでも傷が治らなくなるからな!」
明るい、元気なヤツ。ぼくは無意識に、目の前に差し出された手を握っていた。
そしたらかさぶたは、もう一方の手でぼくの頭を撫でて笑いながら
「この傷は俺に任せとけ!すっかり元通りに直してやるからさ!…ほら、帰ろうぜ?」
そういってかさぶたはぼくを立ち上がらせて、手を引いてくれた。



小さい手。膝には擦りむいた傷。喧嘩の時汚れたのか、Tシャツはどろどろだ。
家に帰ってきて、風呂を沸かして入れてやった。こいつは親が共働きで夜しか帰ってこないらしい。だからあんな寂しそうだったんだな…
「傷は濡らすなよ!しみて痛いからな。」
風呂場を少しのぞき込みながら言うと
「分かってる!」
と、体育座りで入ってたアイツが強気な言葉が返してきた。それを聞いて俺は笑って風呂場のドアを閉め、どろどろのTシャツを洗い始めた。

…俺はコイツの泣き声に呼ばれてきたのだ。
その時のアイツは悔しそうな、寂しそうな、そんな声で泣いてたな…

そんな事を思い出していると、風呂場から「ズルッドボン」という音が聞こえたと思ったら、全身がずぶ濡れになった。何事かと見てみると、風呂の中で転けて泣き叫んでるアイツがいた。どうやら膝のかさぶた(俺)に気を取られすぎて、滑って転んだらしい。
俺は苦笑いしながら救出してやった。


オレがコイツと出会って少し経った。コイツはまだあのとき喧嘩した友達と仲直りをしていないらしい。その所為なのか、あの日からコイツはずーっと元気がなかった。何かをしている時も、ずーっと顔を曇らせたままだった。
今、こうして勉強している時も鉛筆を持ちながらずっと俯いたままだ。
突然、俺の頭が何かで濡れた。驚いてアイツを見ると、涙が膝に流れていた。
「どうした?傷、痛むか?」と聞いてみても、アイツは首を横に振るだけ。ふとアイツの手元を見てみると、誰かの似顔絵が描いてあった。…なるほど、そういう事か。
「仲直り、したいんだろ?」ぴくっと、アイツが反応した。
「仲直り、しないのか?」
「したいよ。」
即答した。
「…でも、今更仲直りなんて、しかも自分から謝るなんて…恥ずかしい。」
そういってアイツは俯いた。
俺は、鉛筆を取って誰かの似顔絵の隣にアイツの似顔絵を描いた。
「大丈夫だ。傷は治る。きっと、元通りにな。」
アイツは何か言い足そうな顔で俺を見ている。
「今日はほら、もう遅いから寝ようぜ。」
そう言いながら俺は布団を敷いてやった。
…ゆっくり直していけばいい。ゆっくり、な。


布団を敷いているかさぶたを見ながら考える。
…傷は必ず元通りに戻る。さっきのかさぶたの言葉が気になってしょうがなかった。
仲直りしたい気持ちはある。けど勇気が中々出ない。…でも、このままも絶対嫌だ!
「布団、敷いたぞー?」
かさぶたが呼びかけた。
…そうだ。かさぶたは、俺の傷を治そうとしてくれている。ならば、俺も直さなければ。あいつとぼくの、この関係を。
「かさぶた…ぼくさ…」
もう、ぼくは迷わない。
明日は日曜日。チャンスは明日だ。


日曜日、今俺は木の下でアイツを見ている。アイツは今この場所で例の友達を待っている。やっと仲直りをする決心が付いたらしい。それを明かされたとき、俺はアイツをめちゃくちゃ誉めてやった。
そして、謝る手順を教えた。
「手順と言っても何て事ない、ただ謝って握手するだけだ。簡単だろう?」
仲直りするのに、そんな沢山言葉はいらないさ。
アイツが落ち着かない様子でこっちを見た。すかさず俺は「頑張れ」の合図を送る。元気付いたのかは分からないが、また周りを見渡し始めた。
そうだ、頑張れ。頑張れよ。…ところで、お前は気づいてるかな?俺がだんだん小さくなってる事…
俺はかさぶた。傷と共に消えるのは当然だ。だから、消える前にせめてもう一つの傷が直るのを見届けさせて…

前から1人の男の子がやってきた。どうやらあれがアイツの友達らしい。向こうの方も膝に傷があった。
友達の方が歩いてきて、大体握手が出来る距離に近づいた。
そのまま、少し沈黙が流れる。お互い、どう切り出したらいいか分からず向かい合ったままそわそわしているらしい。
先に動いたのはアイツだった。アイツは友達の前に手を出して、「ごめん。」と一言言った。友達の方は一瞬びっくりしたような顔をした後ニッコリ笑い、出された手を握って「こちらこそ、ごめんな」と言った。その瞬間、俺は初めてアイツの笑顔を見た。
「だから言っただろ?傷は治るんだ。」俺はそう呟いた。

俺はアイツの笑顔を見た後、そっとその場を離れた。俺の役目は終わった。気が付いたら俺はアイツと同じくらいの背丈になっていた。
…じゃあな。仲良くやれよ。俺の事は気にするなよな。短い間だったけど悔いはないぜ?最後にお前の笑顔が見られた、それだけで幸せだった。俺が生まれたのがお前の膝で良かったよ。あ、俺に会いたくなったからってわざと怪我なんてするなよ?…今まで、ありがとな。
心の中でアイツに話しかけながらどんどん離れていく。ふと前を見ると、俺と同じ位に小さくなったかさぶたがいた。壁に寄りかかってこっちを見ている。
「ヨォ。お前、あいつのかさぶただろ?」
俺はアイツの友達の方をちらりと見た。
「左様。」
俺の目の前のかさぶたは素っ気なく答えり。
「どうだったよ。」
「…大変だった…」
ふぅーっと息を吐いた。
「…何度も何度も、我を剥がそうと暴れてな…」


そのかさぶた曰く、どうやらアイツの友達はかなりの暴れ者だったらしい。まぁそれに加えてこのかさぶたの性格だ。かなりの大乱闘になったんだろう。
「で、お前は今後どうするのだ。」
「どうするって…このまま消えるのを待つだけさ。でもアイツには悲しんで欲しくないから、どっか見つからない所まで行こうと思う。…一緒に行くか?」
「あぁ。」
そう言って俺はもう1人のかさぶたと歩き始めた。
振り返らず、黙々と歩く。「また、アイツに会いてぇな。」
俺はぽつりともらした。
「だが本当は、もう二度と会わないのが一番良いんだろ。」
隣のかさぶたが言う。
「…ははっ、違いねぇや。」
そうだ、やっぱり怪我は無いのが一番だよな。
俺は一度振り返った。
「怪我には気をつけろよ。…じゃ、な。」
もう会わない事を願いつつ、また会える事を考えながら、もう止まらずにひたすら歩いた。


「…で?まーた喧嘩したのか。」
俺は高校に上がり、あの時よりもデカくなったアイツを背負った。むこうでは完全にノックダウンしているコイツの友達を背負ったかさぶたが怒りながら文句を言っている。
「はははっ!別にガキン時みたいな喧嘩じゃねぇよ。アイツと俺は喧嘩友達だからな。すぐ仲なんて直る。」
…全く、そういう事言いたいんじゃないんだ。すぐ仲直り出来るのは良いんだが、怪我の方は前より上回る酷さだった。
「膝と腕と…あ〜顔まで傷出来てんじゃねぇか!」
「いーじゃねぇか〜全部お前がキレイに治してくれんだろ?」
笑ってゴマカすアイツに俺はため息を付く。そんな俺をよそに
「まぁ、これからもよろしく頼むぜ?」
と笑いながら言った。
「これからもって…今後も怪我する前提かよ…」
またため息が出た。でもそれは、何故か嬉しそうなため息だった。

END.

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