短編小説

□狭心症
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――この世界が、ぼやけて見え始めたのはいつ頃だろうか。

「ねーねーアメリカ?」
会議後、アメリカは突然イタリアに呼び止められた。
「何だい?食べ物の話?」
「違うよぉ!…あのさ、アメリカってコンタクトにしないの?」
「へ?」
毎度の事ながら、素っ頓狂なことを言い始めたイタリアにアメリカは思わず書類を落としそうになる。
「い、いきなりだね。何かあったの?」
「いや〜?ただ気になっただけだよぉ?」
「ふぅん?」
「コンタクトの方が見えやすいじゃない?今なら質のいいのがイッパイあるって日本がいってたよ?」
「何だ、日本が言ったんじゃないか。」
「聞こうと思ったのは俺だもん〜」
どうやら日本から聞いたのは、コンタクトはコンタクトでもカラーコンタクトの事だったらしい。しかしイタリアは、その話を聞いてる最中にふと疑問に思ったから聞いたのだそうだ。
「なんでコンタクトに、か…」
「やっぱり入れるのが恐いから?」
「んーそういう訳じゃないんだけど…」
アメリカはメガネに触って笑う。
「ま、慣れてるからかな。今までずっとメガネだったし。」
「ヴェー確かにメガネかけてた方がアメリカっぽいもんねー!」
「HAHA!そうかい?」
そんなたわいもない話をした後、イタリアは「ドイツに呼び出されてたの忘れてた」と慌てて会議室を出ていった。
ぽつんと会議室に残されたアメリカは、メガネを外して考え込んだ。



――目が悪くなったのは、確か独立してから間もなかったと思う。

あの頃は本当に忙しくて、時間の流れが目に見える位早かった。
気がつけば世界は霞んで見え、メガネ無しでは生活が難しいほどになっていた。

しかし、生活は不便にはならなかった。
時間が流れるほどに築かれる文明。便利になる暮らし。
いつしか、世界の全てを誰でも見える時代になった。
何千メートル離れてるとこや、地球の裏の国の事まで。

しかし、だんだんと見えるようになってから便利の他にアメリカはある事も考え始めた。

「怖い」

あらゆるモノが見えるにつれ、見たくないモノまで目に入ってくる。
見えすぎる故に、怖いのだ。


生まれたての頃は、目の前に広がる草原が「全て」だった。
花、うさぎ、木、りす…自分の視界に入るものだけが、自分の全てだった。

やがて、イギリスに出会い視界は少し広がった。
家、料理、絵本、ソファー…
イギリスの持ってくるものや作ってくれるものが全てになった。

そして、独立。
その時から視界はぐんと広がり、見たくないものも見なければならなくなった。

「もしかしたら、目が悪くなったのは神様の少しばかりの心遣いなのかもしれない。」

視界がぼやけ始めてから、度々そう思う。

他の国よりは若造の自分が、まがりなりにも世界の上位国になったのだから。


目を瞑ると、たまに考える。
あのまま、イギリスと出会っていなかったら?
あのまま、独立していなかったら?
もし、あのまま…



「アメリカ。まだ居たのか?」
はっと気がつくと目の前にイギリスがいた。
「お前の上司が探してたぜ。何でもA国が…」
「あぁ、内紛の話か。今行くよ。」
椅子にかけてあったジャケットを羽織る。アメリカがふっと見るとイギリスは渋い顔をして見つめ返していた。
「なんて顔してるんだい。俺たちは国なんだから、こんな話日常茶飯事だろう?」
「そう、だが…」
「子供扱いしないでくれよ。じゃあね。」
渋い顔を崩さないイギリスを置いてアメリカは会議室を出た。
「あ、アメリカ!久しぶりですよ!」
「やぁ、シーランドじゃないか!」
会議室の外にはシーランドがいた。
「イギリスについてきたのかい?」
「呼び出すから仕方なーくですよ!」
「ふぅん…」
その時、アメリカの部下が走ってきた!
「アメリカさん!やっと見つけましたよ!早速ですが、上司がA国のふ…」

パシ

「うわ!なにするですかアメリカ!」
アメリカが、シーランドの耳を塞いだのだ。
「…すまないけど、場所を変えて話してもらえないかな?」
「え?あぁ、はい。じゃあ休憩室で待ってます。」
部下が去っていくと、シーランドはポコポコ怒り始めた。
「アメリカ、僕はもう子供じゃないんです!もう立派な国なんですから、今の話だって…」
「君は、目が悪くないだろ。」
「え?」
ポカンとしているシーランドに、アメリカはしゃがんで目を合わせた。
「俺たちは国であり、人間にとっても近い存在だって忘れないでくれよ。」
「…?分かった、ですよ…」
シーランドの言葉を聞くと、アメリカはゆっくり頷いて立ち上がる。そして休憩室へ向かって歩き出した。

『あぁ、イタリア。君に嘘ついちゃったかもしれない。』
歩きながら、アメリカは考える。
『俺は、確かにコンタクトをするのが怖いんだ。視界が広がって、これ以上のものが見えてしまうかもしれないから。』
『この狭い眼鏡の世界以上のものが、見えるのが怖いんだ。』
眼鏡を外して、遠くを見てみる。ぼやけて周りの輪郭がふわふわしているようだ。
「アメリカさん!遅いですよ!」
「あぁゴメンゴメン。」
「それで、さっきの話の続きなのですが…」
未だ終わらない紛争・戦争。それに対する徴兵。これが今の自分の視界。
「アメリカさん?聞いてます?」
「ん?聞いてるよ?」
「つまり、上司によりますとA国に兵を…」
ふと、シーランドの顔が思い浮かぶ。あの怒ったときの顔は昔の自分にそっくりだ。

浮かんだシーランドの顔に手を伸ばし、瞼を下ろさせた。
「大丈夫、俺が守るから。」
「なんです?」
「何でもないよ。」
大量の書類をアメリカは見つめる。


―――大丈夫、俺が―――

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