short story

□ずっと一緒に
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※「なんて悲しい、恋」の続きの話



気がついたらそこは真っ暗だった。
いや、そこだけではない。
この一帯が既に暗かった。

目を凝らして見ても、黒が濃くなるだけの変化しか見られない。
正確に言えば、その変化ですら定かではないのだが。

自分自身もよくわからないことに手に赤いものがべったりと塗られていた。

まるでホラー映画のワンシーンのようにも見える光景と、それに釣り合わないような笑顔で俺の前に立つ謙也。


何がそんなに嬉しいのかって思ったりもしたけれど、彼よりも自分の方が先に口元をつり上げて笑っていたという事実が、俺の心の端に恐怖を植え付けた。

自分で自分がわからない。
謙也なら、わかるのだろうか。

一度そらした視線が重なったと感じた直後、俺は周りに広がる暗闇に隠されていたものを、謙也の手にしっかりと握られていたナイフを、見た。

頭では理解できても体や神経は理解してくれなくて、怖じ気づいた俺は一歩後退る。

はずだった、それが普通だ。

でも、俺は。
自ら謙也に近付いて、泣きながらすがり付いた。

「謙也、謙也…っ」

そう言いながら謙也の服の裾を握り締めて。
きっと今、俺は酷い顔をしているだろう。
カッコつかないような表情を謙也に見られていると思うと急に恥ずかしくなった。

「大丈夫、白石は何も悪ない」

なだめるような口調で謙也は優しく言う。

もしかしたら謙也は嘘を言っているのかもしれない。
俺を落ち着かせるために笑顔を見せてくれているのかもしれない。

どちらにしても本当に悪いのは俺の方だ。
謙也は良い奴だって、俺が一番よく知ってるじゃないか。


「なぁ、謙也は…」

僅かに募らせていた期待を信じて、嫌な予感を振り切って顔を上げたら、風景が一転していた。

さっきまでそこにいた謙也はいない。
目を開けて最初に見えたのは白い天井だった。

黒に慣れてしまっていた目は白以外の色をとらえようと必死に目を泳がせる。
動きを止めた俺の目線の先では、見慣れたブリーチの髪が風に吹かれて揺れていた。

「けん、や」

窓際に身を置いていた謙也はその声を聞くなり音速とも言える速さで振り返った。

「し、白石。目ぇ覚めたんか!?」

俺の寝ていたベッドの横にある椅子から身を乗り出して俺の顔を覗き込んだ謙也は、ふにゃっとした笑顔を見せる。
その時俺は初めて、謙也の目元に涙のあとが残っていることに気付いた。

(無理して笑って、どないしたんやろ、謙也の奴)

理由を聞くべきか否か、あるいは知らないふりをするべきか。

答えは決まっている。
聞かないべきなんだ。
俺はそう決めつけて、謙也の涙を見なかったことにした。

「白石、大丈夫なん?」
「え、大丈夫って、何…が」

全く訳がわからなくて、困惑している俺の腹部に何故か目を向ける謙也。
悩んで、悩んで、そして違和感に気がついた。

(何で俺がここにいる?)

俺は謙也を家に呼んで、いつもみたいに話をして。
それで、それで…。


途端にさっきの夢が脳裏にフラッシュバックした。


ナイフを手に持っていたまま、謙也は笑っていた。
でも、ぎこちなかった。
もしかしたら今みたいに無理矢理笑っていたのかもしれない。
その方が妥当だ。


悲しくて辛くて。
泣いた、泣きたかったけど。
白石が見たら不安になるだろうから、と。


「けんや、おれ…」
「無理すんなや、後でちゃんと聞いたるから」
「ひとつだけ、いわせて」
「…ええよ」


謙也がベッドの横の椅子に座り直したのを見計らった俺は感覚のない腹部に力を込め、謙也の唇にキスをした。

口を離してから謙也を見ると、目を見開いて硬直していた。


「あいしてる」


目を真っ直ぐ見ながら一言だけ伝え、笑顔を見せてベッドに沈む。
ちらっと目だけを向ける。
視線があった直後、みるみるうちに顔を赤らめていく謙也。

「し、しらいし?」
「おれも、けんやがすき」

俺『も』謙也が好き。
謙也も俺のこと大切にしてくれてるって、わかった。
だからそれをまず言いたかった。


「白石、やっと、わかってくれたんやな」

残っていた涙のあとを塗り替えるかのようにツーっと一筋の涙が頬を伝い落ちていった。

「おん、…だから」

起き上がるのは疲れたからって最もらしい理由をつけて、俺の口元に耳を近付けてくれるように促す。
言った通りに耳を近付けてくる謙也に少しだけ笑ってやってから大きく息を吸って…。

「────。」



もう一度顔を見合わせて、二人で笑いあった。





ずっと一緒に

(俺、謙也から離れへんで)
(白石、暑苦しいって)


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