道化の限界

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何事も無く過ぎて行くはずだった。
こんなことがないように細心の注意を払ってきたはずだった。
…いや違うな。最近は先生にばかり注意を払ってきた。だからこんなことになってしまったのだろう。

見上げた視線の先には同じ部活のモテる男子が、まっすぐと私を見つめている。
私は知っている。この男子はあるクラスの女子から想われている。
そしてこの男子は今私に想いを告げている。

この男子越しに未来が見えた。もしここで告白を受け入れたら裏切ったといわれるだろう。
私は勉強ができる、運動もできる、顔も良い。だが中身が醜いばかりでなにもない。
だから嫌悪の対象にならないようにするには相当の努力が必要だった。
気取っていないこと。勉強や顔に自信を持っているように見せないこと。
そうしなければ私は排斥される。異物は、邪魔者は必要とされない。

それに特別な感情は私を疲弊させる。そんなに何かを強く思う事ができない自分を嫌でも意識させられ
自分が嫌でたまらなくなる。
汚い、何も無い自分が本当に嫌になる。
だから道化を演じ誰かの特別にならないよう…なれないことを知りたくないから逃げてきたのに
一体どうしてこの男子は私にそんな強い想いを抱いたのだろう。

「なあ柊木、この間のスポーツ大会の時にお前を見てからお前ばかり見てしまう。
部活も集中できない。」

気がつかなかった。
そのことに愕然とした。…本当に油断していた。先生ばかりだった。

「お前の声がもっと近くで聞きたい。もっと近くでお前を見ていたい。」

それ以上は言わないで。
私にはそんな価値はない。近くにきても醜くなるだけなんだ。醜い私に気づくだけなんだ。
だから…

「付き合ってくれ。」

願いは届かなかった。
私は道化になるしかなくなった。顔をわざと赤くさせた。

「そーんなに、私の笑顔が好きになったの?私の可愛さに今更気がついたのー?」

「…そうだ。言わせんなよ。」

からかうと照れたように顔を赤くした。けれど顔は私の方を向いたままだ。
羨ましい。この素直さが、ほしい。愛おしい。
けれど空っぽの私には釣り合わない。
愛せない。どうか気がついてほしい。

「でもジャン、知ってるでしょーが。私ね年上の枯れたおじさまが好きなの。
ジャンがもっと年上でヨボヨボだったらいいんだけど。」

嘘だ。道化である。
だが私のふざけた言葉すら彼を傷付けてしまったようだ。
やめて。そんな顔で見ないで。私は応えられない。堪えられないんだ。
…私は人を拒絶することに耐えられない。だからさらに道化を重ねる。

「なんて、嘘。ごめんね私こういうの慣れてなくてどうすればいいか分からなくて。
…あの、えっと、なんて言えばいいかな。あの、私でよければ」

そう言った時震えが止まらなくなった。
自分への嫌悪と先が見えない恐怖が私を震えさせた。
彼の幸せな表情を見て合わせて笑った。
…この後どうなるのかがひどく気がかりだった。
受け入れても地獄。断っても地獄。もう告白された時点で負けである。
クラスの女の子できっと私の味方になる人は居ない。
私は代えが効く、中身のないただ便利な奴でしか無いから。

きっとこの男子と引き換えに私は女子全てを敵に回した。
ああ私っていうのは本当に…。
不意にあまりにも自分勝手で相手の男の子の気持ちを考えない自分に気がついてしまった。
苦しい。どうして、なにがいいの、こんな何もない私のなにがいいの。
私に何をみたの?ねえ。
私はなにもないんだよ?

ジャンの眩しい笑顔が苦しかった。



朝挨拶をすると快く返してくれたクラスメイトが昼休みになるとよそよそしくなった。
お弁当をいつもみんなで話すが私が入りにくい話題をして私にあまり話さないでいてほしいようだった。
予想通りだ。
ジャンは私のクラスの女子を従える女子にアタックされていた。
だがジャンは全く気がつかず何の気の迷いか私に告白をした。
きっと私よりあの子の方が強くジャンのことを想っているだろうに。
…そういう訳で私はいとも簡単に孤立した。
予想通りうすい友情関係であった。

予想通り孤立しても傷付かない自分の心の壊れっぷりに絶望した。

予想はしていた。自分はこういう人間だと。
だが知りたくなかった。自分のつまらなさを、自分の心のなさを。
知りたくないから孤立しないように生きてきたがここで思春期の渦の中巻き込まれ思い知らされた。
ああ私はつまらない。

HRが終わり部活の時間になった。
教室から出るとジャンが扉の横で待っていた。

「…よう。いくか。」

照れたように少しそっぽを向きながらそう言った。
可愛らしく、その可愛らしさが羨ましかった。

「うん、待っててくれてありがとう。」

頬はしっかりと赤くできただろうか。
自分のつまらなさが隠せただろうか。
不安だがまあいいか。


部活は弓道部に所属している。
静かな張りつめた空気では自分の事を考えずにすむから好きだ。
気がつくと部活は終わって挨拶を終えた。
早く帰らなければいけない。夕食の支度がある。
立ちあがりかけたとき袴を引っ張られた。

「空、私達に言う事あるでしょ?」

一体なんのことだと思ったけれど同学年の女子たちのにやけた顔を見て思い当たった。
ああ、ジャンのことか。忘れていた。
急いで顔を赤くする。照れているというポーズだ。

「な、なにもないこともないけど…」

「ほら、ほらほら早く言っちゃいなよ!」

私は女子たちに近づいた。
そして小声でささやくように言った。

「あのね…付き合ってるの。その、ジャンと。」

上手く演じられた気がする。
彼女たちの反応も良好だ。

「やっぱりね、最近あいつ可笑しかったし今日も空のことばーっかり見てたもん!」

「やばいね、いいじゃん!お似合いだよ!」

ありがとう、と言いかけて少し気になることがあった。
彼女たちはジャンが私のクラスの女子のリーダーに好かれていることを知っているのだろうか。
知っていてこういう反応をしてくれているのだろうか。
少し鎌をかけることにした。

「…ありがとう。へへ。」

最後に困ったような笑顔を取り付けた。
すると彼女たちも少し困ったような顔をした。

「空、いい?何も気にしちゃだめだよ。
空は妙に優しすぎるからあの女の事も考えちゃうのかもしれないけど空は悪くないんだから。」

「そうだよ〜。空の方が可愛いし、ジャンが空のこと好きになったんだから。」

「辛いことあったら言ってな。いつも空に助けられてるから今度はこっちが助けるから。」

彼女たちは本当にすばらしい人達だった。
あのリーダーに私が憎悪されていると知っていてこの反応をしてくれていた。
猜疑心は晴れた。…だがもっと醜い自分に気がついてしまった。
私はこんなに思われているのに何も心が動かなかった。ただそうなのか、と思っただけだった。
ここは泣く場面だろうか、そうなんだろう。

「みんな大好きだよ。」

どうにか涙が浮かんだ。そして道化の言葉を口に乗せた。
あまりの嘘に嫌悪が止まらない。
撫でてくる彼女たちの手に鳥肌が立った。


「ジャン、部活中私のことばっかり見てたんだって?」

「…おう。つい、な。」

「しっかりしなさい。
…なんて実は私もちょっと見ちゃった。ジャンって案外かっこいいんだね。」

「案外ってなんだコラ。」

「えへへ。意識したらなんかかっこよくてビックリしちゃった。
いつも馬顔〜とか言われてるからさ。」

「あいつら…!」

「愛されてるんだよジャンは。」

「馬鹿にされてんだよ。」

「馬だけに?」

「…柊木も馬鹿にしてんのか?」

「してないよ〜。」

「してんだろこの野郎。」

「えへへ。…ねえ。」

「なんだ?」

「付き合ったのにいつも通りだね。せっかくだからさ名前で呼んでよ私のこと。」

「はあ!?いきなり!?」

「なにその反応は。そっちがいきなり告白してきた癖に。ねえ呼んでよ。」

「…恥ずかしいだろバカ。そのうち、流れで。」

「ちょっとそんなに照れないでよこっちが恥ずかしいじゃん。あ、ジャン!ジャンだけに!」

「お前時々バカだよなあ…。学年一位なのによ。」

「うっさいわ。…じゃあ私こっちだから。また明日。」

「ああ、また明日な…空。」

「うん。じゃーね。  あ!」

そういうとジャンは照れて自転車に乗って急いで帰って行った。
何を思って私は自分の名前をジャンに呼ばせようとしたのか分からないが
なんとなく呼ばれてみたかったのだ。
 

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