道化の限界

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その日から私はリヴァイ先生を見れなくなった。
あの人の目で見られるのが怖い。
お願いだから見ないで。私を見ないで。
そう祈りながら授業とHRをやりすごした。
私の嘘を汚い内面を、とんでもない卑怯さと臆病さを見られたら…生きてはいられない。
しかしそんな思いとは裏腹に、様々なイベントの役員を引き受けていたために
リヴァイ先生と接する必要がある時は非常に多かった。

スポーツ大会の種目一つに対する人数、場所、対戦順の調整をしていた時のことだった。
テスト期間ということもありクラスメイト達はもう教室に誰も居なかった。
自分の机でゆっくりと要綱を書いていく。我ながら面倒なものを引き受けたと思う。
けれど引き受けなければ私の存在価値は無くなってしまう。便利な奴としか思われていないのは知っている。
無害な存在でないと私は他人から許されないし自分も許せない。
嫌われたくないし拒絶は耐えられない。…あまりにも私は弱い。
そんな風に、自己嫌悪を深めながら書類を書いていたら突然上から声がした。

「勉強してるのかと思ったら、それか。」

「…先生。」

心臓が止まったように一気に身体を冷たいものが走った。
笑顔が作れない。合わせた視線が外せない。…お願い、私を見透かさないでください。
見ないでください。お願いします。
道化の仮面を取らないでください。
そんな私の内面に気づかなかったようでいつも通り少し冷めた口調で話を始めた。

「ついこの前も似たような事をしてなかったか?文化祭の時も。」

「そうですね。イベント好きなんで、ついついこういうことやっちゃうんです。」

嘘が口から自然と流れていく。
いつも通り。無害な生徒を演じる。
見透かされてるいるかもしれないと思いながらも変えられない。

「そうか。無理はするなよ。」

「はーい、もちろん適当に手抜きますよ。」

上手く笑えた自信はないが軽く笑うとリヴァイ先生は肯き身体を反転させて扉に向かった。
視線が外れてやっと呼吸をゆっくりできた。心臓はまだ早鐘のように波打っている。
…ボロは出なかっただろうか。不安だけれど先生が去って行ったことに安堵した。

「柊木。」

急に名前を呼ばれた驚きで声が出ない。
ゆっくりと顔を先生に向けた。

「無理はするな。」

それだけ言って去って行った。
見透かされた、完全に私の道化を。
呼吸が速くなる。耳鳴りがする。頭が痛い。
…どうすればいいか分からない。



担任をしている生徒の成績をパソコンに入力していく。
クラスの一位は柊木空で、学年一位も柊木空、全ての教科で一位は柊木空。
スポーツ大会の準備を熱心にしていたにも関わらず相変わらず完璧だ。

「相変わらず、柊木さん不動だねえ。」

パソコンをのぞきこんできた同僚、ハンジはそんなことを言う。

「…そうだな。」

「まあ会議でも名前が上がってたから今回も一位なのは知ってたけどね〜。
でもなあ〜、このコなんかなあ〜。」

「なにか思う所でもあるのか?」

教師で柊木について少しでも否定的な言葉を使う奴は初めてで驚いた。
成績優秀、人間関係の円滑油、反抗的な姿勢一切なし、超都合のいい生徒にネガティブな感情をもつ教師は居ないだろう。

俺もそうだった。担任になるまでは。
…柊木はあまりにも影が暗すぎる。

「なんとなく昔のリヴァイに似てるよね。完璧で誰にも頼らず孤独を抱えて生きてく感じ。
まあ君は悪の道、柊木さんは善の道だけど。」

「うるせえ。」

少し自分の高校時代を思い出した。…近所の悪ガキをまとめてヤンチャしていたあの頃を。
そしてハンジの言葉で気がついた。
あいつは俺に似ている。だが、そういうことならまずい。

「柊木さんいつかプッツリ壊れちゃうよ。」

「無理をしているとお前も思うか。」

「うん。無理をしすぎている。エルヴィンに聞いた話だと柊木さんの家大変らしいよ。
お母さんが中学の時アルコール依存症、高一の頃足が動かなくなって今寝たきりだって。
だから家事全部柊木さんがやってるって。」

今は出張で居ない学年主任の席に目をやった。
どうやって調べたんだあいつは。
それと一つ思い出した事があった。いつか柊木が遅刻してきた朝、あいつの腕には引っかき傷があった。
あれはもしかしたら、母親か…。

「そりゃとんでもねえな。」

「ねえ。あの子まだ16歳なのにさあ。
家のことはどうしようもないけど出来る限り助けてあげたいよね。」

「…ああ。」

ついこのあいだの放課後の教室を思い出す。
蒼白な顔の柊木空が浮かんだ。
嫌われてるようだが、どうしたものか。
少し息を吐き思考を振り払い仕事に戻った。



ガチャーンッッとすごい音がして皿が落ちて、夕食が床に広がった。
どうやら母さんはお怒りのようだ。

「母さん?どうしたの?」

「お酒持ってこいって言ってるじゃんッ!これじゃないッ!!」

「でも、身体に悪いしもう今日の分は飲んだでしょ?」

「あーもーうるさい!これしか楽しみがないんだからいいじゃん!」

悲しいことを言う、と思うのと同時に自分のせいで寝たきりなんだろと思う気持ちが同居して自分の気持ちがよく分から

ない。

「…そうだ、大福あるよ。食べる?」

そういうと母はにこりと笑った。鳥肌が立った。

「食べたいですー。持ってきて?」

「うん。」

途端に怒りが和らいで安堵した。こりゃ後でなんで夕食が散らばってるか分かんないパターン、忘却パターンだ。

「はい、どうぞ」

「どうも」

もぐもぐと食べる母さんを見ながら片付けをした。
そのあと夕食を食べ終えて少しした頃、父さんが帰ってきた。

「ただいまー。」

「おかえり。夕食机に乗ってるから。」

それだけ言って私は母さんの居るリビングから自分の部屋に戻った。
母さんは父さんが自分以外の誰かを構っていると不安になってしまうから私はどっかに行くのが一番だ。
母さんの楽しそうな声を聞き、…耐えられずイヤホンをつけて勉強に向かった。

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