道化の限界

□01
1ページ/1ページ


特になにも思っていなかった。
手のかからない成績優秀な生徒。
それが柊木空を一年教えた評価だった。
柊木の担任になったが全く何の心配もなかった。


私は何も思わないまま高校二年生になった。
ただ時間が過ぎて行くのに任せていた。
担任の先生が変わり、クラスメイトが変わり、常に一緒に行動する女子の二人組も変わったようだが特に何もなかった。
今まで通り周りを楽しませ、適当に仲良くなって楽に生きる。
いい子である、と周りに思わせておけば攻撃されることもない。
非常に楽だった。とても寂しいが。
相談にただ頷き肯定するいい子である存在は代えが効くため当たり前である。
まあ非常に先生受けも良く大満足だ。

そんな高校二年生になった6月。とても暑くじめじめとした日だった。
母が癇癪を起し物を壊した揚句ベットから落ちてしまった。
そのため様々な片付けをし母を寝かしつけるのに時間がかかって遅刻してしまった。
私は周りから「少し抜けてる奴」と思われているので寝坊したで言い訳するつもりだった。

階段を上り職員室の前に到着した。すると丁度先生が出てくる所だった。

「柊木じゃないか、どうしたんだ?」

「すいません、寝坊しました…。」

やっちゃった感を声ににじませる。

「寝坊か!しっかりしろよ〜!」

そう言って私の肩に手を置いて立ち去った。いい先生だ。
遅刻届を書いて二年部の先生を探すと、丁度担任の先生がいた。
すごく丁度いい。

「リヴァイ先生おはようございます、すいませんがこれお願いしても良いですか?」

そう言うと先生はこっちを向いて遅刻届をチラっと見て私の方を向いた。

「柊木か…。どうしたんだ?」

「寝坊しまして…。」

すいませんと付け加えて髪の毛をかいた。
大体こう言えば先生たちは怒ったふりをしながらも許してくれる。勉強できてよかった。
けれどリヴァイ先生は顔色を変えなかった。

「本当に寝坊なのか?何かあったんじゃねーのか?」

先生の目線は私の髪をかいた右腕…そこには母にひっかかれた傷ができていた。
まずい。
急いで腕を長袖のなかに隠した。

「実は不良に絡まれまして…なんて、これは部活でやっちゃったんですよ。
不良に絡まれたならいいんですけどホントに寝坊です。すいません。」

軽く笑ったが先生の顔は変わらない。

「そうか。何かあったら相談しろ。遅刻届よこせ。」

そう言って先生は遅刻届にサインしてくれた。
私はサインするその横顔から顔を離せなくなった。
この人は…私の猫被りを見破っている。
この道化の本性を見られてしまう。そんな危機感を覚えた。
恐怖だった。久しぶりにこんなに誰かを意識した。

「書けたぞ。」

「ありがとうございます。」

私は不信がられない程度に急いで先生から離れた。



違和感を感じたのは柊木空の担任になって一月が過ぎるぐらいのことだった。
柊木はクラス形成に非常に役に立った。
周りを楽しませ、一人になりそうな奴には話しかけ明るくしクラスの中に馴染ませていた。
面倒な仕事は引き受け、イベントは成功させ、クラスの奴らには慕われているようだった。
だがそんな柊木には特定の仲の良い奴が居なかった。
むしろ作らないというようだった。
誰かが柊木を特別信頼すると、あまりにも自然に離れていきその誰かは他の誰かと仲良くなっていた。
変だった。
特別仲が良くなるのを恐れるようだった。
だが柊木は相変わらず成績優秀、少し抜けているから嫉妬されず周りからいい奴だと思われていた。
上手くやっていけてるのならそれでいい。そう違和感を納得させた。

ある6月のクソ暑い日のことだった。
柊木が連絡無く朝のHRに居なかった。

「お前らなにか聞いてるか。」

「聞いてないけど、寝坊じゃないですか〜」

「それか自転車の鍵なくしたとか、鞄持ってくるの忘れて取りに戻ったとか!」

「抜けてるもんねえ、空は。」

軽く笑いが起きた。それは嘲笑ではなく暖かみのある笑いだった。
だが俺は不信感が消えなかった。

二限目の中盤10:00頃に柊木は登校してきた。
寝坊したと、遅刻届を手に持って謝っていた。その理由が言い訳に聞こえ不信感が強くなった。
…柊木の右腕には赤いひっかかれたような傷ができ血が固まりかけのようにこびりついていた。
寝坊じゃねえ。そんな確信が生まれた。
俺の視線に気がついたのか腕を急いで隠し何か言い訳をして笑顔を作った。
あまりに痛々しかった。孤独な影が見えた気がした。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ